暑苦しい船の中から、暑苦しい港の陽光のもとへ押し出される。船は去った。ゴランは外国の土地と仕事に特に感慨を覚えない。 怖いのはこの自分の位置を知っている者だ。 所在なくあてもなく、ただ歩く作業をするのは気分が悪い。突っ掛けの下に繰り返し繰り返し現れる地面がとても柔らかいように感じた。 ゴランは船旅のなか当然のように人との交流を避け、古い新聞を繰り返し読む仕事に長らく就いていた。今それを思い出したのはなにかの広場にたどり着いたからである。船に乗ってきて内陸を目指す者、陸から船に乗る者、彼らを取り囲んで便宜と利益を交換しようとする者たちが賑やかにやっている。飛び交うのはやはりウルフレンド南西のいくさの話題である。庶民の視点というものからやかましくがなり立てられる売り文句。ゴランは心の中で耳を塞いで人混みの誰かから新聞を一部だけ買ってやった。 彼は悪い記事を予想していたが目を見張ることになった。緒戦にオークが勝利しエルフの指揮官を捕らえたという。紙面は派手で前向きな言葉で埋め尽くされていた。 (嘘くせえな)とは思ったが、周囲の各紙の売り子も騒ぎ方は一様である。勇猛なるオークと手を結んだ我らの判断は実に素晴らしいという記事の締めくくり。 (まあ、一回勝つこともあるか)この仕事場、港町エルセアが戦火を被る可能性は減ったとゴランも前向きになろうとした。しかし、世がこのまぐれ勝ちのようにおかしくなれば裏のおかしな仕事はやりにくくなるものだった。 他に自分の安全に関わる記事を探しても、「畑を荒らす狼および狂犬に注意!」くらいしか見当たらない。オークが勝つのでヒューマンは安泰ということにしたい者がいるし、人々も進んでそれを信じたいのだ、とゴランは感じた。(この城塞の中に攻め入ってくる狼がいるわけもないしな) 彼はそこで気配を察した。集団。新聞を読み終えるのを諮ったような動き。ばらばらとした足音がこちらに向けて来る。 ゴランは驚かないが、ブルガンディの港でああいう目に遭ったので、反射的な警戒を抱いた。 街の片隅によくいる浮浪少年たち――もしかしたら女も混ざってるかも――が賑やかにはしゃいで盛り上がってやってくる。(馬鹿め)と新聞越しにいまいましくなったが、子供は馬鹿なものだとも思う。 彼らはゴランを嬉しそうに取り囲むや、目当てのものを手渡してきた。(犬みたいに舌は出さねえのか)とゴランは思いつつ無造作にダルトやぺイカをばらまいてやった。子供らの狂喜は広場に騒ぎを呼んで、ゴランは忸怩たる思いを抱えつつ場をできるだけ速く静かに辞した。 人の目のない裏通りを見つけるのに時間がかかった。ゴランは手紙を開いた。 《旧交を温めたし。例の店でそれぞれの古代の女神像を持ち寄ってレッドストーン酒を酌み交わそう》と書かれている。あて名はソルレンド大陸の仰々しい住所。 もし、すこし賢い少年や大人がこれを暗号だと思っていろんな人間に売ってみようと奪いとっても、意味は誰にもわかることはなく、連絡法はまた面倒なものに変わる。賢いやつは神隠しに遭う。 ゴランは頭の中に叩き込んだはずの解読法を必死に呼び起こした。いつまでも目的の場所にたどり着けなかった場合は自分が姿を消すことになるから。 簡単なもので、住所こそが暗号だ。最大の港ブルガンディに住んでいるだけでは名前ぐらいしかわからない海の向こうの大陸。いくらでもでたらめを書ける。 「ガイデンハイム」思わず機密を声に出した自分を疑う。記憶は正確だ。殺されないために。 (戦火に近づくか……) |
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