「なあ」 「なんやしつもんか!? ひとに聞かんと、じぶんで脱出法をかんがえたらどうや! で、なにがききたいんや!」 「お前の口数だけ時間は過ぎるし敵が来るぜ。溝がたくさんあるな。先はそれぞれどうなっているか少しでも知ってるか?」 「なんや、もしかして、この横のみぞに隠れていたらどうにかなるとかそんなかんがえか!? ガイデンハイムにおおあめが降ってもげすいがあふれんようにしとるんやで! なんでちっちゃな女の子ていどの頭しかもっとらんの!!」 「確かめただけさ。なるほど、普通なら戻ってこられないわけだ。とりあえず、大声は出さない方がいいんじゃないか?」 言われるとメアリは両手で自分の口を覆って、慌てて腰をひねった。彼女の目は暗い下水道から細かく分かれて地下へ急に降りていく溝の全体を気にしているように、ゴランには感じられた。 「考えついてやったよ。時間がないからな」「はよせ!」 「ああ、邪魔をしなければやってやるよ。絶対に邪魔をするな」ゴランは背の行李に手をかけて膝を付き、濡れた石畳に下ろす。彼のローブがじわりと汚れた。メアリが覗き込むと、彼が取り出したのは松明であった。 「あほ!! ここで火はな! くらやみをくぐって遠くににげたかて、どうせどうにもならんのやで!」臭気立ち込める中、小さな子は怒鳴った。 「どっちも違うぜ。これには火をつけないし、じっとするつもりさ。お前も口まで閉じていてほしいな」 言ってゴランは暗闇の中さらに行李を探った。成り行きを必死に見極めようとするメアリの顔の前に、紐状のものと「なんやこのごみは」もう一つのものを取り出した。「失礼だな。お前の一月の飯代より高いもんだぜ」「しつれいなやっちゃな……」「なら盗まないでいろよ」ゴランはその小枝の束を松明の先端を取り巻くようにして、紐状の紐でくくりつけ、メアリに怪訝な顔をさせるのだった。 「さて、下がってろ。下がれ」怪訝な顔をいきなりにらみつけてきたので、メアリはより一層怪しみながらもぴょんと思わず引き下がった。ゴランはどこからともなく火口箱を取り出し息もつかさず点火するのだった。 「うっそ」「引っかかったな。いや、先っちょにだけ火がついたらいいな」「こん、よっぱらいが!!」「来るな!」大きく弾ける音。 次の瞬間ゴランの右手は黒く変わっており、メアリは顔を蒼白とした。大男は苦しみを口にし、その手は痛みに抵抗して引き攣れた。「ま……まだ動かせるみたいやな。しっかりせえ!!」 「く、来るな。どこだ、くそ」痛みに身をこごめずにいられない状態であった。 「うわ! 火、ついとるやないか!!」「そ、それを」「もうすてたわ!! うち、あとどれだけあほ言うたらええんや!?」長目の柄のついた松明の、溝を転がり落ちる音が響き渡っていく。「ああ、もう」数々の敵の姿を思い浮かべたか、少女は片手で顔を覆うのだった。 「す、素早いなこいつ……。くそっ」地底の薬売りは自らの痛みと熱に悪態をついた。抗おうとしても顔を上げられない。 「ひい!」メアリもまた身を縮めることとなった。さらに地底から、小気味の良い爆ぜる音がしたのだ。「な、なんでや。下、みずたまりやろ」少女はもうもうと昇ってくる煙を目の当たりにする。 「……さすがエルフの里の高価な品だろ……。いろんな所で役に立つんだ……」「う、わ、わ、わ」メアリが松明を投げ込んだ溝以外からもやや薄い煙が昇りはじめ、ガイデンハイム下水道の構造を感じさせた。 「……。こっちに来い、メアリ……」ゴランは負傷した右手をかばいつつ歩き始めた。出口から遠ざかる動きであったが、メアリは追随した。 「疲れがひどい。この辺りでいいな……」「ううう!」ゴランはある溝のすぐ横に身をもたせた。メアリは怯えを隠さなくなっていた。彼女のここまでの最大の懸念は町の追手たちであったが、メアリとその連れをいま囲んでいるのは人間の足音ではない。壁の裏、床の向こう、這いずる音はけたたましく二人を包み込むようだった。 音の先端が姿を現した。(げろスライム……!)メアリが引きつった口から出したのはごく小さな声だったが、すぐ大人の左手が上からやって来て小さな子の口は塞がれた。 |
|