モンスターメーカー二次創作小説サイト:Magical Card

13.解錠



「あ。明るいわ」メアリは目を覚ました。隣で咳払いのような、短い笑い声のようなものが上がった。

「夕焼けだぜ。下水の中よりましか。お前のせいで時間がなくなった」寝ても覚めても相変わらずゴランがそばにいる、と少女は思った。

 寝そべる自分のそばでしゃがみ寛ぐ男から目を背けて空を眺める。平らな石が枕にされているらしい。身体は河原の草むらの上。「うそついとらんやろな。うち、やたら寝た気分なんやけど」未だ熱を湛えたみたいにまぶたが重い。メアリは珍しく安息をむさぼった気分であった。再び空の様子を確かめれば警戒心が走る。朝焼けもしくは夕焼けの他に、局所的赤色があった。

 女の子は小さな腹に力を込めて素早く上体を起こした。しかし起きていない。もう一度やってみた。起きたつもりが起きていない。(帯のしめこみははずしとるのに)起きる短い夢を見ては、動いていない自分を知覚する繰り返しだった。

「おきられへん」「何」大きな左手が顔に迫ってくる。「なにするんや、ちょ」メアリの右まぶたが捕まった。「覚醒できていないな。子供にはきつかったらしい。うむ、火事が起きてるようだ。どこか地下からモンスターが湧き出したのかもしれんな。ふああ」ゴランはメアリの視線に気を使って説明してきたようだ。(あくびをするなや。隙だらけやないか)

「スライムに剣はとおらんからな……。だがけんげきの音もするな。不良どもと衛兵とげろスライムがうまいこととおだおれになってくれんかな……。なんや……でもどうでもようなってくるな……あかん。ああ」生あくびがメアリの心を鈍くしていき、閉じるまぶたはゴランの左手にゆっくり噛みつくのだった。

「おい、おい。これ以上の野宿は危ないぞ。仕方ない。宿に戻るぞ。俺は仕事に行くから、戻ってくる前に出ていけばよかろう。好きなだけ寝て、盗んで、暴れて消えていけ。……」

「山のうえの高級宿な……。あほか、うちは確かに敵おおいけどな、ひとごろしのおっさんがさいだいの敵やないか……でもなんでこんなねむいん……」

 メアリがゴランの方へ目を向けると彼もうずくまりこうべを垂れているのだった。

 しかし呻き声を耳にしてメアリは跳ね起きた。「ああ、合点がいったわ!! げろスラにうち、自分のきずまで眠らせたからここまでにげてこられたわけや!」

「ええわ! まかせとき!」ゴランの左手が何かを指そうとしてかばう右手から離れるのをメアリは制止した。

 あたりを見回し彼の行李を見つけ飛びついた。「さあ、どれや!! いぶし薬、ねむり薬。《ポーション》がないわけない!」荷物箱をさっと開けると生首があった。「ひいああっ!!」メアリの絶叫にさらされた生首もまた驚愕の表情を浮かべた。メアリは恐慌し反射的に行李を投げ捨てることしかできなかった。多量の瓶の砕ける音が乱舞し、首は転がり落ちた。

 夕映えにメアリが目を凝らせば、生首転じて一匹のげろスライムであったのが分かる。地下でゴランの放った眠り薬から逃れるためにうまく行李に取り入ったモンスターであったが、ヒューマンに行方をまんまと探り当てられ激しい攻撃を加えられたのだった。彼は河原を転がり落ちて川底へまた難を逃れていった。

「な……な……なんちゅうことを……」メアリはその場へへたり込んだ。たくさんの《ポーション》だったものの成れの果てが残酷な結果を突きつけている。「う……運の尽きだな」そばの大男が声をかけてきた。苦しげな息。

「ま……まだまだや! ほ、ほら、行李の底にこんなにたまっとるやないか! なぁ!」メアリは鋭い硝子の破片を気にかけず手ですくう。

「お前の商売道具を……傷つけたら困るだろ。……薬は混ざったらただの毒だぜ。すぐこぼせ……」

「う、うちの手なんかなんともあらへん!」「傷も治っていかないわけだ……。もう何をしても変わらん」メアリは言葉に詰まる。

 しかし堰を切ったように喋る。「う、うちの失態でどうにかなってたまるか! あ、あきらめたらあかんのや!!」知識のない子に具体的な考えは生まれなかった。闇雲に行李の中をかき混ぜた。「やめ……」ゴランの声もかすかなものとなる。

 薬漬けの指先が違和感を覚えた。「んん!?」切り傷の方ではない。(底板にへんなずれがある)逡巡したが片脚を上げて草履で素早く踏み抜いた。細かい装飾のほどこされた瓶が厳重に固定されていた。メアリは急いでゴランのところへ持っていき、ためらいなくぶっかけた。

 右腕の焦げ跡が見る間に溶けていき、桃色の生まれたての赤子のような肌に変わっていく。黒色の滓がガイデンハイムの地面を流れて消えていった。

 メアリは長い長い溜め息をついた。「どうせ、たっかい薬をもったいなくて使えないうちにわすれていったんやろ、あほ!!」