ゴランは寝台から立ち上がる。「分かった。どけ」「あっ。なにさらすんや」メアリは宙に浮かび上がる。 「合点がいったからだな。急に眠たくなってきた。満ち足りないと他のことはどうでもよくなるな」 「なにするんや〜〜。うちかて真夜中にたたきおこされたんやで!」小さな子供は野良猫みたいに両手の爪を布団に立て、引っ張り上げる大人の力に抵抗した。 「ええい」ゴランはメアリから手を離して再び寝台に座った。「てめえは皿を片付けろ。肉や油の匂いでたまらん。はぁ」と溜息をついた。 「へへ。あくびした」着地し自由を取り戻したメアリは手足をあからさまに伸ばし、寝台の縄張りを誇示するのだった。「肉だけやない、魚、やさい、くだもの、お菓子、ようさんいただいたで。このうちが食事にあきる日がくるとはなぁ。これはかんしゃすべきかわからんわ」 「十皿はあるんだが、全部平らげたのか? また嘘だと言ってくれ」ゴランは少女の胃の容積を想像させられた。 「うちはもったいないことはせえへんから。こないなふわふわの、かりかりの、あつあつの、とろとろの、さくさくのもんがこの世にあるなんてうち思いもせんかった。まぁ天つ七神のもとからとってきたのかもしれんけど。……」 「なんだ」黙りこくったメアリの方へゴランは振り返る。 「なんで味をおもいだしたら気分がわるうなるんや。げっぷがでるわ」 「なんだよ……起きろ。食べてすぐ寝るとミノタウロスになるからな。起きて片付けをしたら丁度いいぜ」 「よいしょっと」メアリは舌打ちしてから大人用の寝台より飛び降りる。「ああきつ!」彼女の独特の黒いローブ。その太い帯が満足した胃に負担をかけたらしい。メアリはお腹に両手をやった。帯を調節したようだ。 「ええ香りやのになんやむかむかしてくる。始末したろ」食卓に散乱させた空っぽの器たちをメアリは集め始めた。宿の給仕に持ってこさせたであろう台車に積み上げていく。 「まったく、こないなことは使用人がやることやろ。ほんまに偉いなぁ、うちは」 ゴランは前の主が立ち退いた寝台に吸い寄せられ身を沈めた。瞼を閉じるだけで眠りの世界へ吸い込まれていった。 「なんや、台所なんてないやん! 風呂場だけやで! やっぱり宿屋のしごとやないか……あーもう、うちのねどこ!!」 「……まぁようねとるし、うち退散するわ。と見せてしっかりきいとるかもしれへんけど、おっさんはどっちでも終わりなんやで。値の張るもんからたのんだんやからな。もう山の下にかえれんな。ふへへへへ」とメアリの足音は遠ざかる。 「そうだな。宿代は法外さ」「うわああ!!」メアリの馬の尾のような髪が暗い部屋に赤く跳ね上がる。 「せ……せやで。ほえづらかけ」メアリは自分の後ろ髪を捕まえてから、寝そべるゴランの方を向いた。 「そうさ、食い放題されても構わないくらい高い宿さ」「え。……う、うそつくなや。しっかり値段が書いてあったで」メアリは自分の赤い髪をさする。 「そりゃ外食客も来るからな。一流の食事はなによりの客寄せになるだろ?」ゴランは寝そべったまま頬杖をつき少女に相対した。 「えー……」(全部《ミラージュ》がお膳立てしてるんだ) |
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