モンスターメーカー二次創作小説サイト:Magical Card

12.七色の流れ



(俺の面倒も誰か見てほしいぜ)暴れる幼子の顔を左手で塞ごうとすれば、自分の顔の面倒は見られない。右手が使いものにならなくなったのは眼下のこのメアリが発端だ。

 彼女が首をいやいやとばかりに振るたび、大きな馬の尾のような赤い髪の束が追随して動く。

 ゴランは、この赤髪子は発端に過ぎなくて自分の策の結末が右手をこんがりと調理したものと考え、責任の追求は時間の無駄と脳裏のまた隅へ放り出している。

 けがれた流水の行方、すぐそこのそれを黙って見守るほかなかったからだ。

 げろスライム。呼び名の通りであれば吐瀉物をおのが成分とする、人との話題にのぼせるのもはばかられるモンスターである。

(なるほど、こいつら下水から生まれてくるわけだ)危機の中につまらぬ感慨を覚えたものだとゴランは思った。

 モンスターたちはゴランの策をもってメアリが投じたエルフの焚き火に燻り出され、先を争いこぞって避難しようとしていた。闇に潜み危機から逃れようとするヒューマンふたりと同じくらいの動揺を抱えているかもしれないが、地底へ乱入し、荒らし、恐怖しているふたりはそれを理解している場合ではなかった。

 理解のできぬ存在どもが先を急いで汗をかく。「うぐっ」ゴランは出してはいけない声を自分から先に発してしまった。と思う間もなくメアリも声を上げたが、「きゅうーっ」という悲鳴にもならぬ悲鳴はゴランの背筋を違う意味で凍らせた。普段の彼女の意地と元気のかけらもなくただ異状を示していた。

「おい、鼻で息をすればいいんだ。落ち着け、いつものように賢く意地の悪いところを見せろ」ふたりはひたすら闇に隠れる身、そんな言葉を発することはできなかった。

 左手を駆使して彼女を制御しようと試みるが、今のメアリは錯乱した精神のはけ口を求めているのか、ゴランの指にかぶりつくような素振りを見せ始めた。ゴランは普段の仕事のように、力を込めて小さな子供の顔をなでるような真似をするわけにいかなかった。

 メアリは暴れるにしてもごく静かなのだ。彼女なりの苦闘がうかがえる。

 不意にゴランはメアリを地面へ叩きつけた。彼にしてはおとなしい一撃であり、静かなものだ。

 一瞬赤い髪を膨らませ地面に広げたメアリがあらぬ方向へ逃げ出さぬうちに、彼は無理をしようと決めた。一気に右手を使い背の行李を下ろし抑え、左手で中身をひたすら探った。これだけのことで彼は意識をなくしそうなくらい、右手が燃え上がるような感覚に囚われることとなった。生身で地獄を歩かされるような長い、長い一瞬が過ぎて彼はたどり着いた。さっき使ったエルフの燻し草とは別の種類の葉の束。

 薄れる意識のまま火口箱を右脇に手挟んで動作させる。もうゴランの頭脳は現在の目的や状況の把握を放棄している。とにかくこうしなくてはいけない、という肉体の無意識に従うのみ。

 地底に再び火が灯り、ゴランはむさぼるように顔を近づけていった。

 炎に滅ぼされ灰色に変わり次々と溶けてゆくエサランバルの木の葉たち。ゴランの頭もがくりと崩れるがごとくしたが、甘美な香りにいったん立ち向かい、足元で苦しむ少女にもそれを分けてやった。

 そうしているうちに目前をゆく汚物の流れが虹のように輝きはじめた。ゴランは羽毛布団のように変わった下水道の石床に腰を下ろし沈み込む感触を楽しむのだった。