「なあ」「……すぐ夜が明けるんだが。泥棒は帰れ。寝かせろ」 「なにいうとんねん? よう聞こえん」メアリは布団の下のくぐもった声に応える。 「まだまっくらやん! 子どもをそとにおっぽりだそうなんて、鬼か? オーガか? エルフはんとの誓い、わすれたんか」 「うちはおっさんをはめることができず、ほんまがっくりしとるんや」 「何を言ってやがるんだ……」布団の下の声が呻く。「一生分食べられて泥棒の丸儲けだろうが……」布団の山は寝返りを打つ。 「うちどろぼうちゃうわ。おみやげもろたら帰るから」 メアリは話し始めた。「うちの敗因な、あらかじめたっかい宿代をはらっていたからおっさんはいたくもかゆくもなかった。ちゅうわけやな?」「……ああ」布団は唸る。 「この部屋、いろんなもんがあるようやけど、ぜぇんぶただのきれいな飾りっちゅうわけやないやろ?」 「……その前になんで泥棒にくれてやる義理があるんだ」「だからどろぼうちゃうわ。だから義理やのうて誓いや。なあ、ええやん。すぐつかわんと悪くなるもんもあるようやし」 「……じゃあ寝かせてくれ」「うわあ、言うてみるもんやなぁ! おおきにな」メアリは足音を立てず部屋を走り回り始めた。 しかしゴランはすぐ目を覚ますことになった。「常識の範疇でやってくれないか……。……常識なんか持ってなかったな」 「うわぁ! うち静かにやっとったやろ!」メアリは背後にいつの間にか立っている姿におびえる。 「俺は耳がいいんだ、くそっ。瓶まで持っていく奴があるか」 「あかんかなぁ。中も外もいい商売になるんやで。こないなちっさいもんでも意外にたこう売れるからうちが運ぶにもおとくやのに」メアリは細やかな装飾の酒瓶をつまみ上げる。 「中身だって渡さんぞ。餓鬼に酒を縁付けてたまるか」「えーっ」メアリは自分の懐から出した水袋を不承不承取り下げた。 「価値がわからないものを売りつけると大火傷するもんだ」「うち火炎瓶をつくってうったりせえへんわ」 「ならなにがええやろなぁ」メアリは他の物色を始めた。 「皿……は」「おい」「ぜったい割れてまうわな。下町にたどりつくまえに」 「ああ! スプーンにフォークがええな!」「おい! てめえはいつも使い捨ててるのか? そこに置いておけ」 「ちぇっ! これ銀やろ? 一皿につきこないに持ってきたん、どうぞ進呈します〜〜ってことちゃうんか」 「ああもう、おっさんすぐ怒る」とメアリは移動する。「くんくん。うわっ! きつ……なんやこれ薬か? わからんもんは売れへんし……」 「あーこれや!! これこれ!」「騒ぐなと言ってるだろ」とゴランは緞帳の向こうに声をかけた。 「歯ブラシ! ええ作りや! うちもみがいとこ!」「きたねえ奴だな……」「ぎゃくや、ひへいすぎや」洗面所からくぐもった声がした。 「しかし少ないなぁ。うちのためにとっときたいし」 「そうだ。俺に剃刀を取ってきてくれ」「ああ、かみそりもええな……」「一つ持ってきてくれたら残りはやるよ」 「わぁやさしい。びっくりや」メアリはいそいそ歯ブラシと剃刀を集めて出てきた。「ランタンもくれ」 「はいな」ランタンは子供でも取れる高さに壁掛けられていた。 「夜中にひげそり、あぶないんちゃうん」 「そうだなぁ。慎重に誓いを守らないとな」 「……いやぁな予感が……」 「尼さんにしてやるよ。寺院に入れば一生守られるぞ」 「またうちの髪ねらいか! なんでやねん!!」メアリは歯ブラシと剃刀を手放さないまま自らの赤い髪をかばう。 |
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