「ところで罠なんはわかっとるんやから」馬車を降りたゴランの肩には暗闇が落ち、背には少女の声がついてくる。 「しかしうちのすじょうの手がかりがこれしかないと思ったら、行くしかないやろ。ほんま、うちは」 「来たくないのか、そりゃ願ったりだ。小虫がまとわりつかなくなるのが俺には一番さ」それはそれで構わなかったのだから、嘘偽りはない。 「んーっ!!」幼い子は星の下で怒りを顕にした。「人のはなしなんも聞いとらんのな、うちは勇者やで!!」積もった落ち葉をかき分ける足音。 ゴランは星を見上げた。彼の長衣は昼間よりも青白く輝くようだった。マーアムルとブルガンドはある程度距離を保っており、今夜の二つの月の浮かび方を雅ととる者もあるだろう。 「ほんまにえらい金持ちなんかすんどるんか。こないなところ」 「ごみ捨て場や捨て犬、浮浪児がいるばかりが公園じゃないぜ」「こーえん!? 森やろ!」二人の頭上から月光が消え、周囲が闇となる回数は歩を進めるうち増えていく。 「見たくないものは見なくて済むようになるのが金の力だと俺は思うね。消してしまえばいいんだからな」 「んん!?」メアリの視界は黒くなって眩んだ。追っていた男の白い背が消えたからだ。「待たんか!」慌てて走り出すと横から余計なものが伸びてきてメアリは倒れた。彼女にはそう感じられた。 「おい、大丈夫か」ゴランは後ろからやってきた。メアリが眉をひそめるほど素早かった。 「どこつかんどるんや!!」よく視ることのできない夜中の酔っぱらいは寝ぼけたようだった。メアリの後頭部に力が込められ、彼女の顎が上がっていく。 「間違えてないぜ。量の多い髪の毛を俺も盗りたくなったんだけさ、この性悪」「ぎゃあっ!!」メアリの全身が凍りつく。 「あほ!! 夜中に騒いだらただの風来坊のおっさんなんか終わりやで!!」 「そうかな? もうヒューマンの首都とは思えぬ真っ暗闇だ。もし金持ちがいてもそれはそれで構わないな。同輩が手癖の悪い子をこらしめているだけだからな。衛兵でも構わない。お前の金でも黙るような連中は今度は誰の言うことを聞くかな。さあ、なにか間違っている部分はあるか?」 「一度道を踏みはずせばもう二度はできないよな。払うつけがあまりにでかすぎるし相手は正義を振りかざす」 「この、あほんだら!! かよわい子供に向かって、恥ずかしないんかい!!」 「安心した。この期に及んで自分をかばう元気。思いきりやってやれる」「ぎゃああっ!!」メアリは大声と精一杯の力であらがってきた。 (さあ、組み敷いているのは俺のほうだ。ひっくり返るわけがないんだ)ゴランはそういう言葉をこの短い間に心へ繰り返し唱えている自分に気づいた。メアリの後ろ髪は太くうまく掴めずにいる。 そして、そういう思いを消し去る出来事は起きたのである。 奇妙な感触を背に受けた。まず羽根のように軽いものが彼の背に乗せられたのを感じたのだが、不釣り合いな面積を持つものであった。 次にそれはゴランの背を圧迫した。軽いものが重く彼を責めた。明確な意思をもっている。 「……何者なんだ」背中の闇に彼は問うたが、しかし来るべきものが来たと自覚している。全身が冷える思いだった。 「貴様こそか弱い子に何をやってるんだ? 私が名乗る価値があるのか、恥知らずのヒューマンに」 メアリはわけのわからぬ声を上げたが、自分の髪が解放されたのを理解すると、千載一遇とばかりゴランの足元から這い出した。横に転がると、闇夜の下でなんとか目をこらした。 彼女が巻き込んだ落ち葉は舞い終わり、そのあとに本性を現した憎い連れが、いきなり参上した闖入者に背後から組み敷かれていた。 「!!?」黒い夜が褪色をほどこしていたが、闖入者の髪が鮮やかに赤いことはメアリはとてもよく理解し、自らのこうべと境遇に一瞬で思いを馳せることとなった。 しかしもう一つ驚くことがあって、それはメアリの味方らしい彼の、尖って長い両耳である。 (つづく) |
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