「ほんま、人生なにがあるかわからん」 メアリが身につけた少し奇妙なローブをはたいているらしい。 「これはもう安心とおりこしとるわ。こないなうちのとこに」彼女の白い履物が闇に浮かび上がり地面のゴランに迫ってきた。靴下に見えて少し違う。地を舐めさせられている旅人が唯一目に入るもの。その二つの輝きはガイデンハイムの夜に奇妙に映えて見えた。 背中に小さいが鋭い衝撃が加えられて、ゴランの心は小さい氷の塊みたいになった。ブルガンディで聞かされた予言の文句が否応なしに思い起こされた。「へん、こうなったらあわれなもんや」 「危ないから下がれ! ヒューマンの嬢ちゃんもわきまえてほしい」 「わあっ、すまん!! うちこれからええ子にして生きてくから! それは一回だけつこうて! こないなうちのとこへ、正義の味方のエルフはんがあらわれるなんておもわなかったから!!」ゴランの負った重みは一つ慌てて離れた。 「ヒューマンの都でも葉擦れの音は美しいが、聞こえたか、無法者」メアリとエルフの二人の言葉でゴランもようやく気づいた。普段なら決して聞き逃さない危険な音。 (もっとも、矢を上から浴びせて俺の肩甲にはじかれるより肋骨を踏み砕くだけだ……)その間にも、ゴランの心は予言の文句をとめどなく繰り返して彼を溺れさせる。 「ヒューマンの世界は子供を大事にしなくていいのか? 長い人生の結末を勝手に決められる気分はどうだ?」 「う、うちのこと助けてくれるってことでええんか? エ、エルフはん?」 「フェリオンだよ。ヒューマンの土地に勝手に宿を借りたことは謝るが、状況は余計なお世話とも思えなかったからな」 「なにいうてんの。こうえんなんかただで住めるとこやろ」「路銀が無かったわけじゃないが……」 「な、なあ! うちのことは知らんのか!? メアリや!!」少女は赤髪のエルフに問うた。 「知らないが……助ける理由はあったぞ」 「あ……そ、そうか……ええんや、別に」らしからぬ沈黙が彼女に混じった。 「さてもう許してやる。私は急ぎたいんでな」 「ちょ、ちょ、ちょ!! このおっさんほんまにやばい奴なんやで!!」 フェリオンは低い蹴りを放った。「こいつはなぜだか怯えきっている。完全に私が制したからこれ以上やる必要はない」ゴランは横に転がされた。 「私は急ぎたいんだ。密命があるからな。しかし見張っているぞ。この子を傷つければフェリオンの矢が心の臓を貫くぞ。無法者も誓え」 「……この子はもう傷つけん」ゴランは立ち上がりつぶやいた。頭巾は垂れ下がり中身はメアリとフェリオンには見えなかった。 「うは。で、でもなぁ。あーっ!」メアリがゴランに気を取られたうちにフェリオンの姿は消えていた。 「ひええええっ」メアリは慌てて逃げた。密林のような公園であったのは幸いだった。彼女はきつそうに見える衣装を意にも介せず手繰り、木の上に逃げたのである。 ゴランは声だけで追いかけた。「話をしよう」 「あー!?」メアリはまるで男のような声色を出した。激しい葉擦れの音が夜空に響いた。別の木に飛び移ったようだ。 「怖いな。誓ったぞ。もう殺さないから、話をしよう」 「悪人の言うことなんか信用できるかい!! 傷つけない、やろが!! さっきは殺すつもりだったんか!! うちかて毒もっとるし、ここにだってかったい木の実がようさんなっとるわ!! あさめし兼武器やで!! ああ、もう、言いたいことだらけでわけわからんわ!」 「嫌な目はいろいろとあるからな。今は話をしたいだけさ」ゴランはがなり立てる木を見つけて近寄った。 「わあんもう!」近づくゴランと狼狽するメアリを速く鋭く分かつものがあった。闇を裂いたエルフの矢は無法者の目前をかすめ、ゴランは錐揉みする矢のさまを見たと思った。 「すご!」「はったりじゃなかったのか……」 少女の哄笑が夜の公園に響き渡った。幼い子の理解を超えたエルフの力に笑いしか出なかったようだ。 |
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