(アンジェリカには早く済むなどと言ったが、嘘になってしまったかも) 鍵穴がなんら抵抗なく主人を出迎えた。旅先の真夜中のねぐらに錠がかかっていなかった。 ゴランは一瞬、もう一人の女のことを想起したが、あの枯れ枝のような小さな子は罠扱いして自分の前から逃げ出したのだし、彼女は関係ないと思った。しかしあの見事に長く赤い髪は、闇に沈むゴランの目前にまるで蘇るかのようだった。 (一方的にやれる仕事だというのは思い込みだ……)ゴランは、赤い宝石を頭頂にいただくことになった男の絵姿を思い起こした。あの変装じみた姿よ。 大それた仕事の対象にされる者は心当たりを持って生きているわけで、当然、何がなんでも回避を弄する。 (互いにどちらが早く察知するかだよな)隠者のような男と、……赤い髪の女の姿。不自然なまでの取り合わせ。ゴランは腰を探って《ダガー》を手に取った。 身元のわからない旅人が宿で物取りに殺されていた。(事件簿によくある短い文章にされるわけにはいかん) 扉に鍵を差し込んだままゴランは部屋に入った。そういえば内壁にすぐランタンがかけてあると気づいた。明かりをつけるべきか? 部屋は暗闇に眠り何事も起こらぬかのように静かにしている。 (明かりがなければこちらは何もできん。だが、こちらの場所をはっきり教えてやるのか?)考えはまるでまとまらない。もう鍵音をさせた時から決定的な瞬間は近づいているのだ。相手がいるとすれば暗い奥でこちらをなるべく安全に待ち構えているだろう。ゴランの脳裏に再び赤い髪が思い起こされる。(罠に入りに行くのは俺のほうだ)暗い部屋に酒瓶を置かれるだけでも困ったことになるだろう。 すると、奥が明るく輝いた。ゴランはそれを天機とみて進み始めた。ブルガンドとマーアムル、気が急いているとどちらの月光かはわからないが、とにかく美しかった。あとは怪しい影を見つけ次第短刀を振り下ろせばいい、ただの物取りなのだから。 すると寝台のそばを通り抜けようとした時、見とがめるものがあった。 毛布のうえに血の流れがあった。血の匂いはする。 ゴランの中にまた生まれた不吉は消えないが、彼は《ダガー》をしまった。 「やっぱりまだ朝やないやないか。よなかに何あそんどるん……」赤い髪が起き上がり、メアリは大あくびで部屋の主を迎えた。 |
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