「ケフルもエサランバルもオークのためやいうて、このせんそ始めたとおもっとたんやけどなんやごちゃごちゃしとる」「ふむ」「やっぱりじぶんらが得したいからやっとるわけか」 「当然だろ。みんな自分のためになることをして生きてんのさ。この乱世で他人のために、なんて言い出したら簡単に死んでしまうぜ」メアリの両の緑の瞳が言葉を控えて、ゴランの顔をじーっと見つめてきた。「自分のために盗みを働いて、自分が面白いと思って洒落にならんいたずらをするようなお子様だっているじゃないか?」「んもう、ふざけんなや!」「ははは。ただ働きは誰でも嫌いなのさ」メアリの表情を打ち砕いてやってゴランは笑った。「もういいたいことはわかったわ。けどな、うちみたいな子にはしゃれにならんからやるんや!」 「兵隊たちだって少し洒落にならないと思うぜ」「うむう」メアリは大人がするような仕草で考え込んだ。腕を組んで、黒くて広い両の袖は縮こまるようだった。「だからといってこのガイデンハイムをけおとそうとする考えはなまいきや」言葉を聞いてゴランは笑った。「こういう時は自分の街が好きになるんだな」 「とうぜんやろ。金と仕事をようけくれるええとこや」メアリも笑った。「しんせいこうていの元おひざもとの、ヒューマンの総本山なんやからとうぜんや。そこを外様のケフルがなまいきな」 「俺の見たところ、この街もあちこち腐っているようだが。いや、この暗さよりは好きかな。ゆうべの夜景はなかなかと言ってやるよ。暗がりにはどうしようもない奴しか集まらん」ゴランも下水の臭気に囲まれながら見えぬ空を見上げるのだった。 「せやろ。うちもゆうべ馬車にのっかれたのはころされそうになっただけはあるとおもたわ。そしてせやな、役人や衛兵はわいろをとる、びんぼ人は仕事のとりあいで他人をすぐ笑う。金持ちはじぶんたちのとこばかりきれいにしたがる。そろそろ泉下のしんせいこうてい様がおこってたちあがるころやないか。いたいけな子を不幸にしておくれんちゅうにばちを当ててほしいもんや」「ははは。昔話の『カスズは一日で燃ゆ』を思い出したよ。ばちは誰も自分だけは当たらないと思うのさ、当たる日までは。なぁメアリ」ゴランはメアリの顔を眺め、メアリもゴランの方へ向き直る。 「人殺しなんてもう盗っ人なんかめじゃないくらいの、ばちよりすごいばちが当たるんやからおぼえとき、もう……。ところでそのおっさんはどこから来たんや。きっと自分のふるさとが好きやないからながれもんやっとるんやろなぁ。ああ、考えてみたら、さっきからいろんなこと知っとって、うちに根掘り葉掘りきいとる。おっさんこそどこぞのやとわれ斥候ちゃうんか」 「ふむ。確かに柄にもなく喋りすぎたな。俺は斥候じゃないよ。大人になると持論と推理が好きになってしまうらしい。ははは」口を開けて笑ったところに地下の空気が入ってきて、ゴランは文字通り閉口した。空気が濡れていて水っぽさがまとわりつく不快感。 一瞬の不快感にあぶり出されたのか、ゴランはふと頭の痛みを覚えた。見ず知らずの、あまつさえ手にかけようとした子供とのんきに喋り続けた自分。そも、少女との騒動は船旅の中の深酒が起こしたことであった。(宿酔でも起こしているのか、俺は)不快なものを一度意識するとそれは大きくなってゆくものだ。ゴランは煙管を手に取りたくなった。 「あたまが固くなるだけやろ。たしかに、きむずかしいおっさんと思っとったがもっときしょくわるくなっとるな。……おおっと、時間切れや」 「!」目の前のメアリの様子が変わったのでゴランの勘は刺激された。局面の変化を肌で感じる。耳を澄ますと、かすかにだが彼の好まない音が列をなしているらしい。かすかなもので目指している方向や速度はつかめない。「ながながしゃべったかいがあった、ということにしといてや」「気を張るなよ。お前の追手だろ」「せやで。ここは悪党のきたがるとこやとおっさんがいうてたとおりになるわけやなぁ。おっさんがここへすいよせられてった時はうちもよろこんだが、調子にのりすぎたわ」メアリは頭の後ろへ結んだ自らの赤い長髪を手すきはじめている。「さあ、いっしょにわびをいれよか。泣かされながら」少女は量の多い赤髪を前に回して抱えるのだった。「にげられへんよ。こないなせまいとこで盗人と会うとる大人がみられたら」 「お前を守れってか」「おっ」メアリが期待を込めた笑顔を見せた。ゴランはひたいを掻いた。 (この火気の中で応戦はできない。不良共もそれは同じだろう)彼も前向きになることにした。(ならこの素早い餓鬼はなぜ行動しなかったのか。別の危険があるんだ)危機の種類は女の子に問い合わせずともだいたい察しはつく。(利用できるか? するしかないな) |
|