(評価は最低になったな)酔っ払いになって騒動を起こし、伝令役が近づくことも出来なくした。 ゴランは背後の小窓を開けた。木枠の中にガイデンハイムの夜景が収まっている。 (こんな外国の地まで呼び出したのだから、仕事が終わるまでは始末されんたろうが)山の手の灯りはほうぼうに煌々と揺らめく。ブルガンディもそうたが、夜中だというのに何の用事があるのかとゴランは思う。財さえあれば朝まで油を使える単純な話だろうか。 (どうやって連絡が届くかな)汚い餓鬼どもが山の上にくれば袋叩きに遭う。 「うわあ、きっれいやなぁー!! おお!! 動いた動いた! うわあ楽やなー!! すっごいきれいに見えるわー!!」 「お前のほうはお呼びじゃないんだよ」子供はゴランの真向かいに居座り木枠を開け、腰を相手に向けていたが振り返る。赤く長い後ろ髪がまとめてたわむ。赤い髪と黒い服でできた餓鬼。 「なんや、人が金持ち気分味おうてる時にこの貧乏性が……。しかしなんや、今おかしな言い方したな」 (また勘違いをさせたか)「ほら、うっかりした顔や。さっさと吐かんか、うちの母親のこと!!」 (それが勘違いなんだ!!) 馬車は揺れる。 「会ったばかりの老人のたわごとを信じて、赤い髪におびえ、お前の母親を心の中に勝手に作り上げただけだ。あのブルガンディの背中だってなにか、心の高ぶりが見せた幻影さ」と本当のことを述べても何も良くなるはずがない。それよりもゴランは現実の幻影に早く会う必要がある。 「上手くからんでるつもりか? また財布を押しつけるつもりだろう。今すぐ降りやがれ」話が通じるわけがないので難癖をつけても撃退したかった。 「あほ! 普通の子供だったら死ぬで」馬車は揺れる。(予言が当たっていたらお前が俺を殺すんだがな) 「何を企んでやがる」「なんやもう。わけのわからんこと言い出してあせっとるわ。おっさんが自分のすじょうを吐けばすむこっちゃ。自分のことなあんも知らんみなしごがあわれだとか思わへんの?」 「なぁ、うちがおとなしくしてるうちにしゃべったほうが身のためやで。ちいさな子がわけのわからんおっさんのところへ備えもなしにくると思うか? 巨大クモでもころりとなるお薬しっとる?」メアリはゴランの隣りへやって来て、ぽんと懐を叩く。 「相場ならよく知ってるぜ。小遣いどころか食うに困るあわれなみなしごがねぇ」 「うっ……。き、汚い言葉に傷ついただけやで。うちはがめつい商人にしはらう必要なんかないねん! わかるやろ! シャールモント、知っとる?」 「ふん、嘘つきのうえ盗人か」 急な曲がり角にさしかかって、二人は馬車の壁に押しつけられる。「ううっ、さっきからわるくちばっかり……やな!!」「うおっ!!」 少女の腕が伸びたと見えたとき、ゴランの目深な頭巾は跳ね上がっていた。 「あっ……ちがうか」この一瞬の中だが、髪の色について慨嘆を漏らしたのはゴランにもすぐ分かる。 「わわわ!!」油断のならない大人の隙をついた代償に無防備なメアリは走る馬車の床に落ちていった。 男の腕が伸びてメアリを掬いあげた。 「は……。お、おおきに」メアリはゴランの隣りへ座り直す。 「あ……はは」メアリは笑った。「い、痛!!」落着しても手は離されなかった。メアリは自ら振りほどいてゴランをただ見上げた。「はっ……はっ……」 荒い息をこちらに向けてくる少女。その緑の瞳をゴランは一瞬眺めた。細い腕の感触。みずみずしいが枯れ木のようにゴランは感じた。 (もう、ここらでふんぎりを付けるか) 「御者! 娘が小便だとさ!」 「な、なに! あほ!!」 (こう言わんと怪しまれるだろ。探しに行くか、お前の母親)メアリは訂正を試み慌てて前部に移動していた。そんな女の子の後ろ姿に囁くと、彼女は動揺の対象を切り替えてきた。 「いくいくいく!! 行くに決まっとるやろ!!」 馬車の足取りは緩くなった。 |
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