鐘の音が頭と身体に響いて通れば目は覚める。 音の方角に窓が開いていたので近寄れば、すぐ外は壁であった。 (予約もせずに未明に来たらこんなものか)この城壁の向こうにゾールの神殿があるのだろうとゴランは宿の片隅で思った。いささか狭苦しい気分の中、窓から首を伸ばしてみれば視界の片隅に宿の中庭は目に入る。(こんな窓も役に立つんだな)庭の中央に据えられた日時計を確かめれば当然正午である。 ゴランは性分に合わず素直に宿の食堂に向かった。美しく整えられた軽食をそぞろに摂って馬車で下町に降りてゆく。 ゆうべの餓鬼とエルフはもう過ぎ去った悪夢であって、今は生業という日常へ降りていかなくてはならなかった。 乗り合い馬車が山の下へと辿りついた。ゴランは他の客ともども、吐き出されるように地面へ降り立った。普段ならこういう頃合いにすぐに連絡がなされていた。子供の使いにこちらを把握されるのは仕事よりも気味の悪さを与えられるが、昨晩山の手へ押し上げてきたあの餓鬼にはいまいましさを覚えるだけであった。 (向こうの連絡を待たねばならん身なのに、騒動を起こして逃げ去る形)ゴランは降り立った下町の中で、人だかりをかき分け放浪した。あてのない旅に気はそぞろ。 (ゆうべはエルフと餓鬼のせいで解放された気になったが)仕事の元締めの評価は地に落ちていよう。叛意と見なされでもすれば、(地の底が抜けたらゾールに召されるだろうか?) ともかく一刻も早く、連絡をくれるまっとうな不良餓鬼どもの姿を目に入れたかった。自分の性分と仕事に似つかわしくない手続きだと今日はことさらに思うが、明らかにこれが先方の意図なのだ。 ガイデンハイムの町民の話すことといえば、近所で行われているエルフとオークの戦争のことばかり。急ぎようもないのに急いでいるブルガンディの風来坊の耳には入らない。 (だから嫌いなんだ)近頃は衆目を集めるはめになってばかりで、運が確実に下がっているのを痛感する。こちらを大袈裟に指差す子供がひとり現れた。 彼は仲間を呼ぶ声を上げた。(報酬を分け合うやつか)だが近くにいた仲間らは彼に取り合わず、別な方角を差して即座に駆け出すのだった。ひときわ幼かったらしい彼も、とまどいを見せながら年長たちの足に必死になって追随していくのだった。 ゴランは考えを起こす前に静かに素早く踵を返していた。眼と足は人だかりの少ない方を見つけていこうとする。 (俺を見つけたのに俺に用事がない)ゴランの全身は冷え固くなっている。(目指すは元締めのほうか)ゴランは自分の立場が変わったのを感じた。 彼はまず店を避けていく。すると人通りが見る間に減り、望みは叶えられていった。都の中心から離れるだけ家々の作りも荒んでいく。 次に、よくない匂いを鼻がかぎつけたがゴランは喜んだ。(さすが首都だな) 下町の家々を抜けて川に出くわしていた。両岸は煉瓦で埋められ、丸い横穴の箇所があった。ゴランはすっと下水道に入ってゆく。 さいわい耐えられない空気ではなかったので、外光の届かぬところまで歩を進めていった。暗い安息の地で煙管を吸いたくなったが、火を使えば息が詰まるか周囲の臭いとともに弾け飛ぶかであろう。 いとまができたので落ちついて考えたいところだが、本当に元締めに狙われている最中とすればやんぬるかなである。仕事で組むはずの新人が姿を消し結局ひとりでやらされたことが幾度かあった。ゴランも顔をしかめるような不作法者や粗忽者たち。顔合わせした《ミラージュ》が見えぬ素顔でそしらぬままにいたので、彼らが逃亡や裏切りではないもっと暗い末路を迎えたのは明白だった。 と、目前の闇をさらに暗い影が落ちた。それはゴランの懐にいり込んで、「うおおおっ!?」異物感に大声をあげさせられた。 「あほ、あほ、やめんかい!! わあっ」もっと大きなものが落ちてきた。ゴランにかぶさり、彼を打ちのめした。痛烈な一撃に転げて尻もちをつき、汚水が染みた。 「くそ! また会うとは思っていたが早すぎる!」「うちはあいたくなんかないわ! かお合わせずにひょっと置いてこうおもたら怖がってさわぎよって!!」 「渡し物!?」またもメアリがねじ込んできた皮袋を確かめてみると連絡書である。ゴランの中で事情がつながった。 「そうか、てめえが奴らから横取りしていたのか」 「もうかるしごとができて、ふりょうどもに吠えづらかかせて、さいごに人殺しにあわんようにびっくりさせられたなら今日いちんちしあわせだったんやけどなぁ」盗人の少女は手拭きを取り出し、自分の黒い奇妙なローブのあちこちをぬぐい、山の手の優雅な婦人のような仕草をしている。 |
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