「なら、お前とは永遠におさらばだ」 「は、なんで。なんや、なんでや」メアリは木の葉越しに、踵を返した旅人の背に戸惑いを投げかける。 「奴が見張ってるというなら、直接聞けばいい話でな」 「フェリオンはんか。な、ならうちにも聞かせや、エルフはんは耳がええんや。こ、ここで言うたって聞いてくれるわ。エルフはんは偉いんやで!」ゴランはもう一回踵を返した。 「好奇心が強すぎるんじゃないか? 危ない目に遭っておいて」 「だ、だれがそうやって!!」メアリのいる木は怒りに震えた。「ええわ! さっさと言わんか。おとぎばなしの魔術士じゃあるまいし、言葉だけでひとをころすこともないやろ」 「うーん」ゴランは腕を組んだ。「男だったよな、奴」 「は!? よなかだからって目も耳もわるくなったか! 高そうな金の鎧はきれいやったけど面長でからだつきはしっかりしとって、第一、こえがかんぺきにおとこやったやろ!!」 「うん。俺も全部同じ感想だ。あとは見事な赤い髪だ」 「なっなんや!! うちは無関係やで!! やっぱりエルフはんはみずしらずでも助けてくれはる正義の味方ちゅうわけや、そこらのヒューマンとはちがうわぁ」 (赤毛の大人と子供が俺を倒して踏みつけにした。予言は成就していたんだ)ゴランは恥じた。こんなからくりに心を囚われていたことと、解き放たれた今の心持ちの二つを。予言が預言者によって屈折して伝えられていく過程を描くお伽話は多いものだ。ブルガンディのあの老人ともこれで永遠におさらば……とゴランは思った。 「……うちもエルフのおひいさんだったらなんておもったことはあるが、じっさいそうやったら面倒やしなぁ。いたっ」 「エルフの血が少しでも混じると耳に出るそうだ」自分の血筋を確かめていそうな木の上の少女にゴランは言葉を送った。 「しかし純粋なエルシングほどには立派な耳にならず、そのハーフエルフというやつも目立つ存在らしく、迫害を受けると聞くな」 「おっさん、またうちに嘘つくんか。ひみつしゅぎのエルフのことそんな詳しいわけない。うちかてしらんのやで」 「その日暮らしのいい加減な盗っ人よりは知っていてもいいんじゃないか? 一応エサランバルの隣りに住んでいるようだが、今までエルフになど会ったこともなかったろ?」 「エ、エルフはんくらい見たことはあるわ。ど、どこやったかな」 「しかし、今言ったことくらいさ、俺の知るエルフの話というのは。なぜかというと、奴らの禁忌だから」 「きんき? きんき? ああ、ご法度な」 「そうだ。困るからするなよと話を広めているわけさ」 「んん? さっき子供を大切に、とかいうとったやないか」 「ああ。奴らは異常な長寿だから子供はあまり産まなかった。オークの逆だな。しかしエルフも衰亡しているのは同じさ。殊にいくさなんか起こしやがって、どうするつもりなんだろうな。俺はさっき情けない姿をさらしたが、奴らの矛盾にも可笑しくなったもんだ」そこまで聞いた木の上のメアリが短い悲鳴をあげた。 「なんだ」「おっさんが突然死ぬのはだいかんげいやけど、きたない血はまきちらさんでほしいんや」 ゴランは小さく笑って、「それこそ終わりというもんだ。悪口だけで人を殺すというなら、俺もエルフもな」 彼はそして暗闇に何かを投げた。金属が擦りあい、革が潰れたような音。 「いしゃりょうか!? えらぶりよって、当然やわ!」 「話をしてくれたからな。今度こそおさらばしたいな」(さて今夜の宿はどうするかな。こんな場所の宿は信用代に前金を取るだろう。一日だけと拝み倒すか……。こちらにも仕事の先立つものが手に入るとして……)思考は中断される。メアリがまた悲鳴を上げたから。 「夜中に木なんか登るんじゃない。このエルフかぶれ」葉音が彼女に続いた。収まると、体勢を立て直したメアリの声がしてくる。 「どうせ人殺しがわなをしかけとるんや。さわったら毒にかぶれるとか、やいばがとびでるとか、ひきょうに素早くしこんだんやろ」 ゴランは財布を持ち上げて、「慎重なのはいいことだ。俺は宿代がなくなって困ってたから意地汚く拾ってしまうが」 「とれいうて、とらせへんのがしんの目的やったか。ひねくれものが考えすぎやわ!」ゴランの方は袋をさっと懐にしまい込んだ。 「さてじゃあお別れだ。俺は暖かい寝床につくからな。気をつけて帰れよ。最近は狼がよく出るそうだから、ちゃんと食われてくれたらありがたい」 「はっ! それはずーっと東のベングの話や。わるくち言おおもてむりにしゃべるんやないわ、あほ。あほなうえに人殺しでもうすくいようがないわ」 「そーだよ。関わってるとそれ以下になるせ。危ないからもう近寄るなよ」 「あほやほんまあほや。あほであぶないおっさんはうちより先にゾールはんとこいったら世のためんなるで」 「お前の方が足は速いさ」 「へっ!」メアリとゴランは別れた。 ゴランは双子月の見下ろす中、山頂のガイデンハイム城の袂に適当な宿を見つけることに成功した。特に前金のようなものは要求されなかった。 |
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