「向こうは一体どうなってんのさ」ノーラが風に耳を澄ませても、シャーズやヒューマンの衛兵が取り締まる甲冑の音はしない。けたたましく聞こえるようになってきたのはゴブリンたちの怒号だけである。 「支払い過多さ」そうキマールが口ごもるほど、シャーズの娘は好奇心を増大させる。 「アシャディを!?」ゴブリン街に響き渡ろうが構わずノーラは笑い声を立てた。背後のシャーズの貴族がウルフレンド大金貨をゴブリンたちへ差し出して逃げ延びたと言うのだから。 「叩きつけるのは一枚だけ。そうでなければ意味をなさない」貴族は舌打ちをしている。 「追う気をなくさせるのと、ゴブリン同士喧嘩させるため? ふ、でも笑っちゃう。アルシャの持ち合わせがなかったんだね。金持ちすぎてセテト様も機嫌斜めなんだよ、きっと」ノーラは自転車を強く漕ぐ。 「他種族への富の分配なぞ奨励されるものか。神殿へ懺悔に行かないとな。命を高く買いすぎて顔から火が出そうだ」 そんなキマールの隙を付いて、ノーラは自転車を走らせた。「おい、いい加減にしろ! これとおまえは目立つと言ったろうが!」 「こっそり近づくよ、こっそり。指導してよ、シーフのせんせ」ノーラはずっと道を探っていたらしく、キマールはアシャディ争奪戦の会場へ再び戻されつつあった。 「うぉー、いっぱいだあ」令嬢ノーラは感嘆の声を上げた。近辺の家の窓や扉は一斉に開かれている。 背の低いゴブリンが大勢家から出ていて、街路を埋め尽くすかのようだった。 見ればひときわ大きな人だかりがある。 キマールは再び身の安全のことしか頭になくなって、心の隅っこでおてんば娘を恨んだ。しかし様子をうかがってみると、熱狂するゴブリンと立場を異にする者たちも集まっているらしい。 (ヒューマンに、我がシャーズ、その他もろもろ、大勢来ているか……)猫の耳を目にすると予想以上の安堵を覚える。危険な貧困街とはいえ、モンスターのダンジョンではないのだから交流と利用を行う者はいる。ここは帽子をとって平静を装うくらいでよかろう。 |
|