ノーラはコーモに聞きに行った。「やっぱり呪文をきっちり唱えないといけないのかにゃ?」 シャーズの疾走を受けて、魔術士のコーモを手助けする壁になろうとしたゴブリンたちは一斉に首を巡らせた。背後にすり抜けたノーラを追うしかない。 「あと、あたいにずっと抱っこされてた時にその毒の風をやってたら勝ってたはずだよね」コーモはノーラに背を向けとにかく逃げる。口中の詠唱は止めていない。ここはゴブリン街の路地の行き止まり。そこにコーモ、ノーラ、ゴブリンたちと疾走の列ができた。 ある時コーモはノーラの位置を見定めようとする。だが視界は同胞の姿ばかり写す。彼と目の合ったゴブリンは恐れて逃げ散る。列は簡単に乱れたが、ノーラの姿は見えない。 「あたいも魔法のルール、なんとなく分かったみたい」元気が良くて忌々しい声は常に背後からする。コーモは右往左往しつつ、ゴブリンとシャーズの歩幅の違いを呪った。 コーモは闇雲に周囲へ怒鳴った。「お前らはどけ」足はすでに土を前へ蹴っていて、コーモは後方に飛んだ。もう魔力は利き腕に漲っているのだ。 ゴブリンたちは兄貴分の行動に対処できなかった。かえって身を固くし、有毒の魔法を避けられなくなった。 しかし全員が無事で済む。離れた場所の聞き慣れぬ金属音。そちらを見れば場のゴブリン全員がなんともいえぬ脱力感を覚える。ノーラに躱され、背中を叩きつけることに失敗したコーモは特に体勢を崩して地面に両膝をついている。粗末なズボンが泥に濡れた。 「ふう、今のはほんとにぞっとしたよ」あのシャーズの奇怪な乗り物の、鉄の馬の上へノーラがしっかり座り込んでいる。ゴブリンの馬車でこさえた壁は先程のシャーズの貴族の挑発を受けて自分たちで開けてしまっているのだ。 「くそ、素早いなぁ、泥棒猫」 「どっちが泥さ。じゃ、そういうことで。バイバイ」シャーズ娘は跨がった足をその場で回転させると鉄の馬が奇妙な素早さを見せる。ノーラは路地へ逃れていった。 「どっちが魔術士だ」コーモは独りごちた。 ゴブリンたちは拍子抜けな結末にしばらく身動きも取れなかったが、目障りなものは去らない。ノーラが不意に帰ってきた。鉄の馬をせっせと漕いでいる。 |
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