ノーラはこの機構を《自転車》と呼んだ。「触っても?」と指で差し示してキマールは言う。 「どーぞどーぞ」とノーラも両の手を大仰に振ってキマールを奇妙な台車へ導く。 「これが古代の兵器の復元品というのか?」前と後に一基ずつの車輪を持ち、間を幾つかの直線的な鉄の管で繋いでいるようである。 「武器だなんて言ってにゃい」 「馬の替わりになると言ったろう」キマールはシャーズの小さな娘の言うことを鵜呑みにはしていない。初めはケルピーどころか朽ちたアイアンゴーレムの亡骸に見えた。 「ノルディーンの流域の遺跡とて、今やゴブリン共のていのいいごみ捨て場だそうじゃないか」 「親父はこれを拾って帰ってきたわけじゃなくてさ。お土産は設計図だったんだ。いつもならあたいとゾール日大工をやるはずだったんだけど、慎重にやるってんで。ドワーフに頼んだんだよ。ゴルボワがブルガンディに来てたからね」 キマールのこめかみに力が入った。「ガルテーの重鎮と同一人物か? シャルンホルストめ、先程から酔狂な話ばかり聞かせる」 「わ、おっちゃん怖いにゃ。う、うん。なにかってと西のエルフの悪口を言うおっちゃんだったけど、おうちを一人で何倍も賑やかにしてくれたし、あたいは割と好きだよ。妙なる品を掌より産み落とせれば満足、ドワーフの虚には富も欲も持ち帰らぬぞ、ってとこが特にさ」シャーズの娘の小さな喉が強靭なるドワーフの調べを果敢に真似た。 「ゴルボワも酔狂人に過ぎぬかな……?」大陸に武勇と名声轟くドワーフの名匠ならば工芸の神ヘフスに義理を示して報酬も記録も手に入れることなく去ることもあるかもしれない。 それより、大海を遥か東へ越えたガルテー山脈が西のエサランバルに興味を示している方が重要であろう。我が部下たちは上手に事態を把握しているか? 「まあ大した復元品じゃないから許してよね。いくら現代科学でもこれくらいのブツしか作れないってさ」 「それに免じて許してあげよう」キマールはノーラをにやりと笑った。「まさにお舟ごっこだ。頑張って自分で漕ぐのが好きなんだな。馬の利点を消し去ってどうするんだい、こんなおもちゃ」 「あっ、ひどいんだ。黙って言うことを聞くのはいい子だと思わにゃいの」 |
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