エルセアに配置されて、都落ちをしたぶん贅沢をした。(ゴブリンたちは小さな体でよく追いついてくるものだ)つい先頃、ヒューマンの巨魁マクネイル大公に大好物のブルガンディ・ギャルを不意に賜る形となった。ゴブリンの怒声が下町に響く。(背中に悪口をぶつけられるのはいつでも神経に障るな)シャーズシーフの頭領のキマールは若き日のことまで心に浮かび上がっている。体はひたすらゴブリン愚連隊から逃げている。その中年を迎えてオークのごとく肥えた体が不安であって、小さな女の子に付き合ってあげたせいでこんな羽目に陥っている。 ブルガンディの入り組んだ路地を走る。日射しの下でもじめっとしたこの雰囲気の先に別のゴブリンが待ち受けていないか? 目指すシャーズ街を真実目指しているのか? 現在の状況に対する知識は皆無である。自分の心を開けて、錆び付いたシーフの勘というものをいかに取り出してみせるかだ。積もりゆく余計な思いを取り除いて。 自分の走力は確実に衰えた。しかしそれだけにゴブリンの足をつかず離れず引き付けている、とキマールの猫の耳は判断する。彼らの内から脱落者は出ていない。シャルンホルストのお嬢さんに対する義理は果たしている。 「いかん」ここでキマールは進めなくなった。前からゴブリンが集まってくる。(騒ぎは嗅ぎつけて当然)分かっていても防げない。 「もう、いい加減にしようよ。せめて斧はやめてよ。首の骨折っちゃうぞ」人数が減ったとはいえ囲みを解かないゴブリン。ノーラは目線を下げると人質のコーモを眺めた。 「本当に生意気な女の子だな。できるはずないだろ」 「じゃあさ、可愛い女の子がデートしたげるって言ってやる。さっきだってデート中だったんだから。あたいが漕いでやっからさ」 「あれを転がして逃げたいだけだろ。構わねえから俺ごとぶんなぐっちまえ。気色の悪いシャーズ娘は覚悟しろ」コーモは周りを鼓舞してかかる。 「にゃろ、もういいよーだ!」「痛え!」ノーラはコーモを一息で蹴倒した。コーモは地面を舐めた。 ぱんぱんと手を叩いて埃を払う。「人数も減ったしさっきの続きをやりゃ十分だろ。おっちゃんが騒ぎを起こした隙にだいぶ休めたもんね」 コーモも悪態をつきつつ立ち上がる。そそくさとノーラから離れた。仲間が声をかけてストーンアックスを投げた。ノーラは舌打ちする。 コーモは石の斧を受け取らなかった。自分の得物が地面に転がってもなお、ぶつぶつ言い続ける。シャーズの耳に不明瞭な言葉が伝わる。 「にゃんだよ。言いたいことははっきり言いな。なあ、あたいの悪口? ねえ」興味が出て駆け寄るノーラ。コーモは前に出ない。代わりに取り巻きのゴブリンが壁か波のように立ちはだかる。 「うるさいなぁ。本人に聞いてんの」ノーラは再び身軽な動きを見せてコーモに近づく。 ノーラは不可解なものを感じた。背中、追い越したゴブリンたちが一目散に逃げてゆく音。 目の前のコーモが利き腕を振るった。ノーラは手刀をかわした。 ノーラは吹き飛ばされた。叩きつけられた地面を更に転がった。 《ポイズンウインド》。毒素を含む風を操る魔法である。 |
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