「お嫁に行く前にまずは飯を食わなくっちゃあね」金髪のノーラは曇りのない笑顔とともに折り詰めを開けた。「働いたあとの飯は旨いけれど、何もしないで飯を食うのも旨い」なにやら口ずさみつつ、陶の極小瓶を指につまむ。傾けた。 「垂らしすぎると辛いぞ」ノーラの寿司たちが赤黒く染まってゆくので向かいに座るキマールは声を出すのだった。 「お醤油はたっぷりかけた方が旨いよ。海の上では栄養をたっぷり摂ること」 「お舟ごっこかい。ノーラはわざと干上がりたいのかな」キマールは言いながらもう箸を動かしている。握りたての寿司はほんのりぬくくて舌に柔らかい。 「真水が基本だね。水を中心に考えるべきなんだ」ノーラは切り身と酢飯をどれだけ塩っ辛くしたか、正確に想像して、実際にいよいよ割り箸を伸ばす。 シャーズの上級貴族キマールと海軍提督の箱入り娘ノーラが食事を楽しむ外で、ゴブリンの馭者が二人、運転席にじっとしている。穏やかな陽光のもと、馬車の周辺をごくのんびりと見張っている。勝手な会話はせぬようにしつけられているが、どちらともなく煙管を取り出す、面倒な仕事を楽しむための時宜というものを心得ていた。 しかしまさにその瞬間に悲鳴を聞かされる。 「うげえ! からあい!」馬車の中身からである。 「食べ物で遊ぶからだ」キマールは言ったが、ノーラは大粒の涙をこぼし表情は整わない。 「ああ。まだわさびは駄目だったかな」注文の際まるで失念していた。 |
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