「同胞をも……見捨てる……。薄情で……シャーズはずるい……」後ろのゴブリンが息も絶え絶え追いついてきた。前方からは別の元気なゴブリンの党が迫ってくる。 さすがのキマールの脚もゴブリン街の意外な広さには消沈した。疲れが溜まれば重く感じる。 「メーラ様に……頭を下げて……祈って……みせろ……」後ろの喘ぎがうるさくてたまらないので、その小さな壁たちを蹴散らし道を作ろうかと思う。 前方の者たちと目を合わせてみる。彼らの視線がキマールと後ろの追手を見比べているのが分かった。(あさましいな)自分のことを横からかっさらうつもりだとキマールは思った。彼は欲にまみれた目つきというものをよく知っている。 この場から走り出したところで、こういった有象無象を次々惹きつけてゆくことは変えられない。 キマールは振り返りざま後ろのゴブリンの一人を選んで攻撃した。全員が目にも止まらぬ早業で、困憊した追手などひとたまりもない。 額に直撃したそれはゴブリンをひっくり返すと、倒れた体の向こうへ小さな姿を隠した。一歩遅れて、わっ、と場を小鬼たちのどよめきが包んだが、キマールはもっと大きな声を出して言う。 「そら、二度としないぞ。今のをよく見直せ」 「いいよ。俺のしたことだから俺が見に行く。手が早くて加減する間もなかったからな」早いところシャーズの貴族だか、金持ちの衣装の男を追わなければならない。横たわるノーラの姿に近寄りがたい仲間のことをコーモは制した。墓石を立てられない弔いのことを考えた。 「あんた王子様?」地べたから声がすればコーモもあとずさる。 「ゴブリンの王国は魔術士が代々戴冠してた。歴史の授業。ねえ、王子様にゃの?」地面に手足を投げ出したままノーラはいぶかしげな顔をして問いかけてくる。 「効かないのか!?」 「効かないよ。受け身は基本だからって、退屈だけどひたすら練習させられたんだ。体育の授業」ノーラはそのままとんぼをきって軽々と立ってみせた。猫の尾がお伴して、一緒に縦に回転した。 「昔のテイビルケはたくさんの魔術士を輩出したってえから、コーモ君もただの人かな?」ノーラは意地悪く笑った。 「あっそうだ、食らった時に少し鼻が曲がったね。おやつに取っておいたお魚が残念になった匂い。あたいがおかしくなったのかと思ったけど、それが突風のおまけの魔法か。でも感激だったよ」 コーモは愕然としつつ再び呪文の詠唱にかかっている。 「兄貴! 魔法をやる時は落ち着かないと……」他のゴブリンは動揺しつつ、再びノーラとコーモの中間で壁役をすべく走り出した。 |
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