一人になって、自転車をひたすら漕いでいれば頭が空っぽになる。気持ちは不安定になってノーラの心は詰まった。ノーラの猫耳は潮風の中に既に情報を拾い集めていたから。 かすかだが大勢の声、狂騒的な、ゴブリンの声色。 距離と方向はよく分かった。ゴブリンたちの声の塊は大きく動くことはないようだ。しかし辿り着けない。ゴブリンの綺麗でない住宅は自転車のノーラの進路を幾度邪魔するつもりだろうか? ノーラはゴブリン街路の知識を有していない。 (いいや、人の棲みかにゃら道はあるはずだよ)ノーラは信じて自転車を走らす。 声の正体を今すぐ目にすることができたなら、さぞかし人目を引く騒ぎだろうと思った。様子が尋常でないのは、その目前に尋常でない者が迷い込んだせいだとノーラは判断している。 「あたいの首だけじゃあ、済まにゃい……」思わず言葉が口から出ている。手足から血の気が失せたようで、とても乗り物の上にいる心地でない。 「まず言っておくが、静かにしろ。黙って走っておればいいんだからな。けっして騒ぐな」 「ぎゃーっ!!」 突如降ってわいた声にノーラは縮み上がった。 「この馬鹿」声はノーラの背中に貼り付いた。「尻尾まで逆立っているぞ。本当にみっともない」 振り向けばキマールは牙をむき出していた。口の前に人差し指を立てた苦い顔。「しーっ!」 「新しい泥ちゃんがやって来たのかと思ったんだよ。さっき話したでしょ、のら犬亭。良かったねえ。ああ、良かった良かった。良かったぁー」 「さっさと身を隠すぞ。そこらの塔に登って見つけ出したが、こいつとノーラ嬢は目立ちすぎてすぐ分かったものだ」キマールは自転車後部に立ち乗りしつつ言う。 |
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