(む?) とんとんとん。「はよ、はよ」扉を叩く音とメアリの声が早朝に密やかに響く。 「何があった」ゴランは戸を開けてやった。 「やっぱりあかん」少女が扉の隙間を求めるように入ってきて、自分の手でしっかり閉めた。小さな部屋をコボ ルトとノームの世界から遮断したようにゴランには感じられた。 「咎められたか?」 「ううん……。いただいてきたわ、ほれ」メアリは井戸水を目一杯満たした瓶を掲げてきた。 「なら何がまずい」 「槍と馬車がおおぜいやってきたらにげるやろ! かないっこないわ!」言われてみなくとも話し声の裏に馬蹄 と車輪の音が響いていた。 「それを先に言え」「わっ」メアリは合わぬ浴衣を脱ぎだした男の背を見せられた。 「背中合わせになれ。着替えるんだ」「んもう」 「水は謝って井戸に戻せるのがわからなかったのか。シーフの習性も一緒に投げ込んでしまえ。ことを荒立て やがって」 「す……すまん」ゴランの背中の低いところから声がする。「しかし気づかれなかったかもわからん。兵隊ども、 わんとも言わんかったで」 「確かに、ひとりの盗人にいきなり馬車を用意してきたのはおかしな話だ」ゴランとメアリはそう考えて周囲の地 響きにしばらく耐えた。「お前の言う通り、複数のコボルトの脚力にヒューマンは叶わないのだから」背中を合 わせた少女は低く唸って彼の言を肯定した。 「着替えたか? どけ」本来の黒い長衣に姿を変えたメアリをよそに、白い長衣のゴランは壁ににじり寄る。 ゴランは吹き矢の筒を取り出し、それを壁に押し当て、音を立てずに窓をかすかに突き上げた。メアリは押し 黙ってそれを見守る。 彼はわずかな光を遮って窓を戻した。「兵隊が押し入ってこないわけだ」「なんやねん」「来るなよ、気取られ る」 「なんのことはない、奴らの調練の時間が来ていたのさ。お前の見た馬車というのは戦車だ。野営地の狭い 道を闇雲に走っているようだったが、奴らの脚の如く自在に操れるようにしたいのだろう」轟音を背にゴランは 喋った。 「なんや、ただの取り徳だったんや」メアリは戦利品を眺め、薄暗いなか手中を鈍く輝かせた。 「だからといってことか済むわけではないけどな」(あれほど豪勢な備えがコボルトにあるとは知らなかった。ノー ムの親戚のドワーフの与えたものとすれば……) ゴランの漠然とした思考が止められる。 だんだんだん。「うおっ!」扉が叩かれる音にメアリは慄いた。「はい、はい、なんですのん!」 「窓を、しめて! 危ない、から、部屋で待機、してなさい!」 「もう閉めとるやん」メアリは外の女の声に愚痴った。独特の口調はノームの女将のものでなく、コボルトの女 性兵士の姿を二人に想像させた。「ゴラン、どないしよ」 「俺たちが訪れたのが伝わっていなかったから調練が始まり、メアリは慌てて逃げ込み、俺は驚いて覗いてしま った。それが見つかった。誰も悪くないが、あまり良くないな」 |
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