ゴランは部屋を見渡して石の壁にはめ込まれた小さな木の板を見つけた。 (奴め、湯舟で眠りこけて溺れているんじゃあるまいな)板に棒を立てかけて突上げ窓を作ると、コボルトとノ ームの野営地の小路を覗いた。背の低い家屋ひしめく光景が目に入るだけで、風呂の方角を思い出すこと はできなかった。 彼の懐が冷気を味わった。(真夜中になるとさすがに冷える)くしゃみが漏れそうになったので鼻を押さえつけ て、喉に無理をさせた。 そうしてみると、(コボルトたちはあの餓鬼にこっそり悪さをされたくなかろう)と気づいて、彼らに様子を見させ るつもりになった。更にノームの女将に同胞を抑える意志が見えたのだから、ヒューマンの大の大人が心配に なって探し回ってやることはないのだ。 腰を落ち着けようとする矢先に部屋の戸が叩かれた。妙な拍子のついた音にゴランは眉をしかめた。 「メアリやでー。先かえっとったかー? 入るでー」 少女はいつもの調子の声をしていて合図は込められていない。ゴランは戸を開けてやった。「よう。難儀をし ていたんじゃないか?」 「ふっ。なんやそのかっこ! わっはっはっはははは!!」ゴランは浴衣の襟だけでも直そうとした。ハッシュバッ シュの民のための衣服には無駄な努力であった。少女は自分から転がり出る笑い声を押さえようと夜半に奮 戦していた。 ノームのものかコボルトのものか、少女は桃色の浴衣をきちんと着こなして嗤ってくる。真紅は置いていなか ったらしいとゴランは思った。 「俺はこの通り真っ赤さ。お前はどうだ」 「いまのおっさんの顔にはまけるかもなぁ」少女は笑い涙を拭ってから自身の長い髪をたぐった。夜中に頭を洗 ったようで、あでやかな光を湛えている。 「顔や髪じゃないぞ。コボルトどもに迷惑したんじゃないか?」 「……ほんまやつらはなんなんや。おふろに犬の毛がめっちゃ浮いとったわ!」 「元から毛だらけの奴らは気にも留めずに浸かるのだろうな。溝にははまらなかったか?」 「ああ〜〜、毛を流すためのもんか。足がはまるかとおもたわ」 「毛払いを使ったか? たくさん並んでいただろう」 「ヒューマンのお肌につかえるわけないやろ! ふ、やってもうたんか、おっさん」メアリは失笑してゴランの赤い 肌を指差した。 「できるわけがないだろ。ごわごわした汗拭きも置いてあったのでなんとか取った」 「うちもや! んもう!」 二人が肌の痛みを犬種族への非難で発散できないものか奮闘していると、宿の戸が控えめに叩かれた。 「はい、はい!」ヒューマンたちは同じ人型の女将を喜んで迎え入れた。 「お夜食でございます」ノーム女は台車から二つの膳を下ろす。 「うっへっへ、おおきにおおきに!」二人は女将を帰して晩餐にかかった。 「犬のえさかもしれへんけど、うまそうや!」「確かに単純だが豪勢なもんだ」膳の上には肉と茸の特大の盛り 合わせが現出しており、二人は視線を奪われた。上から掛け汁がたっぷりまぶせられていて、香ばしい匂いを 振るっていた。それぞれ傍らに大きめの徳利が二人分。「お肉ときのこがそれぞれコボルトとノームやったりして な!」 「なあ、うちのほう、ちっちゃいんやけど」「当たり前だろう? お子様用だ」 「うち、風呂はいったらもうはらへってしゃあないねん。お湯、のんでこうかおもたわ」「それは、喉を詰まらせなく て良かったな」 「……《ポーション》の効果も切れたか。取りあえず残さず食べろ。足りなくなったら俺のを分けてやる。死ぬ目 に遭ってべそをかいたんだからな。食い物の憂さ晴らしくらいはさせてやる」 「うっさいわ」メアリは赤い髪をたぐって自分の顔を隠す。 |
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