「なんやまたぶどうジュースやないか」薄暗い室内で、目を凝らして徳利を傾けたのでメアリは言う。「なんだか 損をした気分やわ」窓を閉め切った空気のなか少女はぼやいた。 「しかしええ匂いやな」試しに注いだ猪口を舐めて彼女は笑顔をこぼした。 「そっちは……、あ」連れの男が天井の低い宿でつっと立ったのを見やるメアリ。 男は突上げ窓を素早く再び作った。「あ、なんやもったいない」ゴランは徳利の中身を裏通りに全部捨てて しまった。 「はぁ!? まさか!?」メアリは口にしたものに恐怖を覚えた。 「こっちは普段から毒なだけさ。そっちは美味かったろう? 夜中に怪しい親子連れがやってきたら、風呂と酒 で眠らせておくのが一番穏便で……なんだったか、国際法にも触れないやり方だと俺は思う」ゴランは戻って きて、肉茸の膳の前にあぐらをかく。 「うち、コボルトのことはきらいになったけどな、こないなもんを差しだしてきたのはええとおもうわ」「うむ。手軽に 摂れていいな」二人は手をたっぷり汚してハッシュバッシュ料理を掴み味わった。 「うっ」「んん? まさか」メアリはゴランの様子に身構えた。 「……」「ほれみい。水ものまんと山もり料理を食えるわけないんや」喉の詰まりをじっとこらえてなんとかしよう とする大人の姿に少女は呆れ返った。 「……分けてくれ」食べ物の詰まった喉から声が出た。「はあ? ジュースはうちのもんや。おっさんはなんやか っこうつけて自分で酒をすててもうたんやないか。せやなぁ……アルシャ一枚でどや?」 「ふざけるなよ……」「ふざけとらん。なんで子どもひとりぶんを大人に差しださなあかんねん」 「まけろ……」「いやや。ペイカ一枚まからん」 「なら……ダルト一枚だ……。水瓶をよこせ……。また汲んだはずだ……」ゴランはしゃっくりをし始めた。 「へえ? あー、忘れとったわ! さっき川でくんだやつな! よう覚えとったな! そっちならええか……銀貨で 水をうったる。な〜〜、おっさんのためになるてうちが言うたとおりになったやないか」メアリは素早く立って部屋 の片隅で自分の荷を探る。 「ほれ」ゴランは投げてよこされた瓶を掴まえて自分の命を助ける。 「人間、必死になればなんでも思い出すもんさ」「それは今わの際ちゃうんか。銭はいま払うんやで!」 ゴランは食物を流し込んだのち懐から銀貨を取り出して少女の恨みがましい目つきを鎮めた。 そして二人はそれぞれの飲み物をもって両の膳を平らげた。 「はあ……。腹はくちくなって、水はダルトに変わり、今日はさいこうやなぁ。あと風呂にもはいれた」浴衣の少 女はゆったりと壁にもたれて、半眼のまなこをうっとりさせている。 「ちっ、ハッシュバッシュの思惑通りになりやがって」 「せや! ゆだんしたらあかんのや」メアリは壁から身を起こし、「とりあえずまた水くんでこう。すぐ出立やろ?」 「飲んでしまった身としては止められんな。通りに井戸があったから、時間をかけず悪さをせずに戻ってこい」 「ほなおっさんがくんできてや」 「俺は強い酒をくらって眠りこけているはずだろ? 子供が行ってまたお目溢ししてもらえ」 「ちぇっ。ほないってくるわ」メアリは手をひらひらさせ、戸を開け閉め出ていった。 (さて、すぐそこだから何も起きないと思いたいが)ゴランはつんつるてんの浴衣の腕を組む。この異種の宿を 後にして、ブルガンディに達する港にたどり着くにはまだまだかかる。 閉めた窓の隙間から青白い陽光が差し込むようになった。(今日は歩き日和だが、コボルトの兵隊を上手 くよけていかないとならん) |
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