「モンスターの餌になるつもりがないなら早く起きろ」 「うん……まってや」闇からか細い声。 ひとつ、ふたつ、小さな声が続いた。 「うん……うん……。なんや……起きられへん……」「どうした。いま行く」ゴランが河原を突っ掛けで鳴らす と、彼の鼻孔に不吉な感覚が入る。 その鉄の匂いは彼の仕事につきものであったが、今日はそれを流さず決着をつけたつもりだった。 「なんで……いたくてたまらんのに……身体をよじれへんのや……」「よせ、おとなしくしていろ」(くそ……暗す ぎて気がつかなかった)もう少し陽が沈むのが遅ければ絶望的な光景が河原に広がっていたのが二人にわか ったかもしれない。 (メアリにしておとなしすぎたんだ)疾走するコボルトの背から転げ落ちて無傷でいるわけがなかった。暗殺者は 旅の連れができてから自らの感覚を幾度顧みたかわからない。 「ゴラン!」唐突に、いつも聞かされる調子の声が自分を呼ぶ。ゴランは闇の向こうの少女の顔を上から覗こ うとした。 「なんでや……なんでうち、こないなとこで……。お星さんもよう見えんやないか」ゴランは水に濡れたような声 を聞いた。 「もう喋るな。おとなしくしていろ」 「これがだまっていられるか! うちもうだめなんやで!!」そばの森からはばたく音がしてゴランは見えぬ生き 物たちを眼で追った。少女の叫びは眠りについていた鳥たちを仰天させたようだ。 「まあいいか。モンスターも近づいてこまい」 「しかし舌を噛むなよ」「うぎゃっ!!」ゴランはメアリを一息にひっくり返した。 「酷いな」ゴランは暗闇で、自らの右手が鉄の匂いにとめどなくまみれる感覚を味わった。ゴランは左手を傾 けつつ川の上流のほうを振り返った。 (松明の群れが見えないのはコボルト狩りを行っているに違いない)ヒューマンが追うのははまだこちらではない とゴランは判断した。 「少し覚悟を決めてくれ。さすがに砂利は取り除かなきゃならん。手元さえよく見えんから指を突っ込んで悪い な」ゴランは説明した通りのことをした。メアリは言葉にならぬ悲鳴で返事をした。 「気分はどうだ?」「きもちが悪い」 「吐き気か?」「ううん、ひどいことされとるのに気分ようかなってきたのはうす気味がわるいもんや。まだのこって たんか……《ポーション》」 「言うのを忘れていたかな。傷が塞がっていくのがわかるから凄いものだ」ゴランは自分の指を引っ込めた。「ア ンデッドモンスター並みだぜ」 「手を貸すか?」「もう元気やで」うつ伏せにされていた少女は闇の中ですっくと立ち上がる。ゴランは鼻をすす る音を聞いた気がした。 「お前も《ポーション》は使い切っただろ? 次に何かあれば二人とも死ぬから互いに気をつけたいもんだ。ガイ デンハイムのゾール教団の奴らにも礼を言いたくなったぜ。コボルトどもは《ポーション》は売ってくれまい」 「いや、ぜんぶゾールはんのおぼしめしや。さすがやで。……あー! なんやこれ! おおきい穴!」 「服か。当然だろ、転んで石が背中を突き破ったんだ」 「うわぁ……もう着られへんやん……」 「コボルトとて繕い屋くらいは開いてくれるさ。今度こそさっさと出発するぞ」 「うち着替えてくる!」メアリは森のほうを見定めている。 「もとの四角いおかしな長衣か。どうでもいいだろ、夜中に俺たちふたりしかいないんだ」 「うるさいわ」メアリは森へ歩き出す。「しかし長衣、法衣、長衣と取り替えていくのは悪くない。お前の赤毛は 目立ちすぎるから、印象を細々変えていくのは大切だ」 「なんでついてくるんや!」「自分の肌も見えないくせに。いくらでも安心して素早く着替えろ。血の匂いをたっ ぷりさせた子供が独りで裸になりに行ったらどうなると思ってるんだ?」「うぬぬ……」 「見るなや」「見てないぞ」 「見るなや」「見てないぞ、早くしろ」 「おわったー、見てもええでー」「見てないぞ、早くしろ」 「なんやおもんない……。笑いの才能がないわ」メアリは黒い長衣に着替え終わった。 |
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