ゴランは右手を開いた。彼はコボルトから視線をはずさなかったが、異種族の肩越しにメアリが変な顔をした のはわかった。少女の緊張の糸は少しほどけたようだ。「うわお……」 「な、なんだ、そんなもの」言葉と裏腹に、コボルトはメアリと一緒になってゴランの掌に乗るアルシャ金貨に目 を注いだ。 「これと娘を引き換えてくれ。俺にはこれしかできん」 「い、いや! こんなもの、こんなところで! 飯をよこせ!!」「ううっ」コボルトの奥のメアリが再び恐怖にひ きつる声を出した。犬人間が軽く首を絞めたらしいとゴランは判断する。「俺たちはなにも持っていないし材木 置き場になにかあるはずが無いだろう」 「な……な……なあ、うちがなんでも買うてきたるわ。かわりにこのおっさん……おとんがいてもええやろ? ど っちかすきなほうを人質にえらべや」メアリが首根っこ持ち上げられながら言う。 「娘は優しいだろ? しかし俺は駄目だと思うな」「あほ!」 娘の罵声をかわしてゴランはコボルトに話す。「お前はヒューマンは油断ならないようなことを言っていたな。 要求したものを買ってこさせても、村の自警団に後からゆっくり捕まえに来てくれなどと頼むかもしれないぜ」 「なっ!!」(なんで余計なことを、なんて言うなよ)俺たちだって追われたらかなわん身で、こうしている間にも ガイデンハイムからの回状は伝播していってるんだ。それより目の前の敵一人を丸め込むか、どうにかする方 がいい。 「う、うう〜〜」目の前の犬人間は唸り声を発するようになっていたが、敵意以外も混じった声色になったとゴ ランは判じた。 「アルシャでいいな? そちらへ投げてよこすぞ」 「まて、父親、地面に腰をおろせ」「ああ」ゴランは言われた通りにした。さく、と落ち葉を鳴らす。 「い、いや、地面にふせろ」「そこまでさせんでもええやないか!」「だまれ!」「ぐぐぐっ……」 「やめろ!!」ゴランは二人に叫ぶ。(確かに、ヒューマン二人をやっつけて金を奪うのもこいつの自由だ)ゴラ ンのかぶる頭巾が唐突に蒸し暑く感じられた。 再び落ち葉にまみれつつ、ゴランは右手の金貨をコボルトにほうる。 体勢のせいで加減を間違えたのか、アルシャは相手に向かう途中で力尽きるように地に落ちて倒れた。 コボルトは少女から左手を離して大金を手にしようとした。 ゴランは地をなめる視界の中、メアリの咳込みを聞かされたが、少女はそれをやめた。 (なにかしようとしている!)コボルトは迫る。その向こうでメアリは、自身の馬の尾のような大きな後ろ髪に手 をやっているらしい。 ここでコボルトは素振りも見せずゴランと金貨に背を向けた。メアリに噛みつく。ゴランは少女の本名を叫ん だ。 少女は悲鳴をあげたが、「だ……だいじょうぶ……やない!!」コボルトはヒューマンの子供をさらって逃げ ていった。 ゴランは左手に隠し続けた《ダガー》を振るわなかったことを後悔した。 |
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