「わっはっはっ!」少女は青空を吸い込まんばかりに大口を開けている。 「さすがに声がでかいぜ」「なんでやねん。そのためにこないな村はずれにかくれとるんやろが」そこは山崖に面 していて、あたりに畑も見当たらず切り拓きようのない土地らしかった。 メアリはゴランの持ってきた知らせと牛乳を待ちかねていた。「話はついたぜ。馬をくれるとよ」 「おほ、ええなぁ。やすくてうまいんなら売れるわな」小さな尼僧は瓶を自分の口へ傾けては喜ぶ。 「ぷは、うまくいっとるな。ノームのじいさんはもううちらに近づきたくもないんやから」ゾールの尼僧は楽しげに言 う。 「せっかく俺たち二人が身を犠牲にして祝福を授けてやることにしたのにな」「ははは!」ゴランの言をメアリは 嬉しそうに受け止める。 「なんもしらんくせによう言う! うちかてしらんけどな。自分をよう見せてたにんをかつぐのはたのしいもんや… …」 「向こうには大きなお世話に変わったようだな。ヒューマンの地でゾール教団の中のいざこざに巻き込まれるの は異国の異教徒にはたいへんまずいわけだ」「うまいうまい」メアリは牛乳を飲み干して山の空気を吸った。 「うちらかておわれる身やからな」「うん。そんな集団だから効果覿面だったわけだ。お前も怖いか?」 「まあなあ。しかしこわいもんを利用できたんはおかしくてええわ。うちのこと入信させてくれへんかったばちやで」 メアリは空き瓶を自分の背負い袋にしまった。 「お前は糞度胸があるな。子供のくせに嘘をつくのも上手ときている」 「うちはいつだって素直やで。ゾールはんの、しあわせにたのしく生きようっちゅうところがほんまに好きで信じとる んや。だから酒場でああいったまで。しかしよう口がまわったのは自分でもおどろいとるがな。もしかしたらゾール はんの依代になっとったのかもわからん」メアリはその左右の袖を内からつまんだりして自分の姿を確かめるみ たいに振る舞った。 「やれやれ、じゃあ捧げ物を受け取ってくるからな。神童は調子に乗らずちゃんと待ってろ」ゴランは村の中央 へ歩き出す。 「もー、ほんまに!? 子供をひとりにしておくほうがあぶないやろが!」 「そろそろお前の正体がばれるほうが危ない。ノーム以外の眼が何百あると思ってる」 メアリは去りゆくゴランの背後できょろきょろした。「こんなさびしいところかてあぶないやろ!」 「ひとけが無くほとんど行き止まりだからここを選んだんだ。お前は隠れるのも得意だろう」切り拓けないかわり に資源として植えられたとおぼしき樹木がまばらにあった。 「たくもう。うちになにかあったなら地の底でゾールはんのおさばきをきっちりうけるんやで」メアリはゴランの背中 を見送って呪った。 (なにかあったんちゃうか……)メアリはそこらじゅうの木登りに飽きていた。 音を立てずに木から飛び降りる。静かにしたまま村の中央に耳を澄ます。面布の内の自分の呼吸音も消 す。 (なにかあればゴランは、騒いでうちにしらせるくらいはする)本人がそうできなくても村の冒険者らや牛たちな ど、危険そのものが知らせるくれるのだと少女は考えた。(騒がしいれんぢゅうがおおいんやから) じっとしているとメアリの心はまた退屈な色に染まっていく。木の上より平らな地面の感触はあぐらをかいてい る少女の眠気を誘った。 しかし気配を感ずるとシーフは睡魔を一挙に追い払う。連れ合いはまだ帰らないしヒューマンやノームのもの ではなかった。 近くに屋根を持つ材木置き場があって、獣の吐息がそこからするのだった。 「なんや、モンスターかとおもたわ!」向こうもこちらの様子を伺っているようで、見え隠れする犬の耳にメアリは 可笑しくなった。 「いきなり村の奥にはいりこめるわけがないし、狼でもないもんなぁ。なんやここの番をしとるんか? こわがらん でもええよ。うちはあやしいもん……やけど、まぁええやん! はははは!」メアリは口も牙も小さい犬と遊びた くなった。 (つづく) |
|