「じゃあ、痛くてもしばらく我慢していてくれ」 「だいじょうぶや……。そないいたくないから、うちの仕返ししてきてや……」 「そうか、いい子だな」ゴランは横たわるメアリを後に敵へ向かった。 (さすがに、もう決着はつく)村での慢心ではなく、冷静に判断した。敵は手負いで裸のコボルト、暗くなってき たが身を隠す場所もない河原である。 「子供をさらったことと、子供をなめたことだな。お前がこうなった理由は」コボルトに話しかける。 「たっぷり後悔してくれ。短い間だけどな」コボルトは弱い唸り声をあげる。ゴランは敵をことさら追い詰めた。 「お、俺も、子供がいる」 「嘘だな。お前は実に素早くてやられてしまった。ためらいもせずメアリをひったくっていった。さっきは、ヒューマン はずるい、だとか聞かされたな」コボルトは唸り声で返すほかなかった。 「しかし気が変わった。子供が見ているんだからな」 「なあっ!!」横たわるヒューマンの娘は出しにくい声をあげた。「またおかしな思いつきを!」 ゴランは天を軽く指差す。「そろそろ子供が寝る時間なんだ」空は夕闇を通り越しそうで、川の水も天の色 を吸い込んで黒い流れに姿を変えていた。 「お前がそんな姿で食い物も持たずうろちょろできていたのは近くにあるんだろ? ハッシュバッシュの集落が」 言われたコボルトと、メアリの驚きの声が混ざって発せられた。宿を借りる気かと。 「そうだよ。コボルト一人にここまで手こずったんだ。こんな夜にモンスターに囲まれたらおしまいだ」 「あ、あほ、やっつけた敵の国に行ったら殺されるわ!!」地面のほうから少女の声がする。 「話ができるだけモンスターよりましさ。それと、村人はコボルトの暗躍を知らなかったんだ。いくさもしていないと いうことになっていたから、それほど物々しい規模じゃないと思うが、どうだ?」 「あ……ああ。野営地といっても、ノームもいるから、好きに取り引き、しろ。追いついたお前に免じて、案内、 してやる」 (ずいぶん早く折れたな)コボルトが座り込んで傷ついた首筋を押さえているのはヒューマンの眼にもわかった。 「どこにあるのかだいたい教えるだけでいい。案内はいらん。傷つけられた味方を見せて仕返しさせるつもり か?」 コボルトは暗闇で息を呑み、「わ、わかった。この下流にある。俺は、逆に行く」コボルトは立ち上がり、すご すごと上流へ歩いていく。 「なるほど簡単な話だ」ゴランは闇の中で下流に手をかざしてみる。(即興で築いた陣地なら水源の近場を 選ぶのはもっともだ) 「いぬっころが……とおぼえしたらあかんで……」地面からかすかな声がする。 「ああ! それくらい考えてる! 俺は驢馬を売って村人に頼んでいたからな! そっちへ行くと冒険者の集 団と鉢合わせだ! 仲間を呼ばず、せいぜい隠れてろ!」大声を出すと草を掻き分ける慌てた音がしたので ゴランは満足した。 (つづく) |
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