「むかぁしむかぁし、ある王国におひめさんと魔術士はんがおりましたぁ。おひめさんは森へクエストに、魔術士 はんは塔でしゅぎょうしておりましたぁ。あるひ、」 「うるさいぞ」 「なんや! 神聖皇帝はんのでてくるところやぞ。不敬やおもわんのか」赤衣を身にまとったゾールの高僧は振 り返る。後ろには白い頭巾を深くかぶった男がいて、彼女の視線を鋭い目で受け止めた。 「だまって聞きほれていたらええねん。はたらき口のない子どもはこうやって取りぶんまるもうけにできることを考 えるべきやとひさしぶりに思いだしたわ。ほれほれ、おっさんも歌えや。ここへきたら歌わなあかん」 メアリとゴランはガイデンハイムから昼夜を徹して歩き、ベング街道へ入っていた。 (こいつ、俺のことをどれほどわかっているのかな) ゾール教に入門しようとしたり、普段ふざけているようでいてメアリはやはり信心深い帝都の住人だったのだと ゴランは見ている。 (まさかエルフなんぞに誓うはめになっちまったが、帝都と光の子の血筋をかき乱したのは俺とアンジェリカだ。だ のにこの子を守ってるといえるのか? 馬鹿馬鹿しいな)ガイデンハイムに置いてきた闇のように黒い肌の女の ことを思い浮かべた。「なんや黙りよってからに。あまりしゃべらんからよう歌われへんのやな」 メアリは溜め息をつく。「はあ……。お歌をとめられてみたらなんや疲れてきたわ」 「歌いすぎだ」「ちゃうわ。気持ちがしずんだら疲れるもんや」 「まぁ俺も《ポーション》の効能が切れてきたのは感じる」 「あとひと瓶か……。本当にがめとらんやろな?」 「それはこっちの台詞だ。きちんと半分ずつにして飲んだだろうが。だいたい馬を蹴飛ばすはめになったのは、」 「悪党のくせにおせっきょう好きやな。わるいおっさんのこと誰がやすやす信用するんやっちゅうはなしやで。どう どう巡りになるのでこれ以上はかんべんしたるけどな」 少女が口をつぐんだので二人は黙々とベング王国の砂利を踏み続けていった。 時間が流れてメアリが再び振り返って、僧帽がずれた。赤い髪の少女は慣れぬ冠り物を直す。 「なぁ、だまってみたらへんな声がするようになったんやけど」 「声だと」 「ううん、どっちかといえば息づかいや」 「耳がいいな」ゴランは泥棒を生業とする少女に言う。「しかしそりゃそうだ。見たところ街道には俺たち以外誰 もいないからモンスターが残り物を狙うのは当たり前さ。何匹いるかもわからんから気をつけろ」 「あほや……。なんで人のおらんわかれ道ばかりえらんだんや」 「そりゃ追手のほうが怖かったからな。俺も気づかないうちに国境を越えることができてよかったんだと思っといて くれ」 「あほや……」とメアリは赤い僧帽を深くかぶって後ろのゴランへ寄り添ってくる。 「来るな!」ゴランは頭巾の下から鋭い声を発する。メアリは全身をこわばらせ連れの男から再び距離を置 く。 「なんでやねん」小声を出しつつ赤い頭巾の下で眉をしかめているのが見て取れた。 「今まで食いつかれなかったからさ。モンスターどもは不自然に離れていたお前のことを、俺が垂らしている餌 だと思ってるらしい。お前には餌でいてほしいと俺も思う。二人が食われないための餌だ」 メアリはゴランの前で深い溜め息をついた。「《ポーション》がきれたらうちも腹へってきたわ」 |
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