モンスターメーカー二次創作小説サイト:Magical Card

11.髪



(野郎め! 柵を越えて崖を登りやがった!)ゴランは自分の心に向かって怒鳴った。

 彼は丸腰のコボルトを征するのはたやすいとあなどっていた。しかし身軽がゆえにできたことだと、自らの見通
しを呪った。

 敵が登り消えた方角を胸に刻む。

 引っ張ってきた驢馬の存在を思い出し、縄をほどいてなまけ者が抵抗しようが口をつぐんだまま引き回す。
そして村人と行き当たった。

「ん……? 坊さん、こんなところで何をしとるかね」驢馬の悲鳴に引き寄せられた老人は見知らぬ僧に問
う。

「娘がコボルトにさらわれた。じいさんは人を呼び集めてくれ。俺はこっちへ行って先に奴を追う」ゴランはしっか
りと指で差し示し、行く手の森の様子を自分の頭にも入れた。

「なんと、またか」「何、よくあることなのか」

「いやいやいや、そんなには無いよ。わしがいくつの頃だったかな。牛をモンスターが襲って冒険者さんたちとや
り合うほうが遥かに多いよ。ベングの王さまはコボルトやノームといくさをしとるわけではないからな。なかに性悪
もおるが、捕まえるから我慢せいとのお達しじゃ」

「今すぐ捕まえてほしいもんだ。じいさん、謝らんでもいいからこいつを受け取れ。早く知らせてくれ。じゃあな」

「す、すまん。ハッシュバッシュを刺激したくはないのでな」

「わかったわかった」ゴランは老人と驢馬と別れてともかく駆け始めた。

(くそ……深い森だ)

 ゴランはともかく敵を追う。彼の右手には先程の崖が連なっている。左手からはせせらぎの音が彼と並走し
ている。

(おそらく、村にたどり着くまえ流れていたのと同じ川だ)

 崖は、ゴランと村人たちが外敵を防げると信じるほど切り立っており、しがみつくように生えている樹木はまば
ら。右手は聞こえる音からして広い川と河原が待ち受けるはずとゴランは思う。

(奴は絶対にこの森を行く。俺に見つかりたくないから)ここにモンスターが潜む危険は大きかったが、先客の
足止めも果たしてくれると考えることにした。

 森の主たる木々が闖入者の視界を阻む。ヒューマンの足は苔と泥に塗れていく。

(くそ! 早く見つけねばならんのに!)緑は彼の予想を越えて深かった。空は夕暮れにさしかかり、追跡者
の全身は焦りに包まれた。混乱ゆえか、なぜだか目指していたブルガンディの日々が思い起こされる。苦しめ
られた未来の幻視。

(見えた!! 向こうか!)幻などではない。左手の視界の隅、遠く遠くはためく鮮やかな流れがあった。ゴラ
ンはともかく走る。

 暗殺者が自らの脚を死にものぐるいで働かせていると、目標は次第にはっきりと認識できるようになったが、
ヒューマンの子供を無理に背に乗せたコボルトの疾走に街ならぬ森の中ではどうしても追いつくことができな
い。

(メアリの長い髪、それさえ掴めれば)しかし鮮やかな赤毛が自分から離れていくことを思い知るのみ。

 追跡は刹那のはずが永遠に感じられていた。「うっ!! おおっ!?」しかし異変が唐突に起きた。ゴランの
追う毛皮と赤毛が一緒くたになって突然転がり落ちていった。(坂につまずいたのか!?)彼らはせせらぎの音
のほうへ運命を共にしていくかと思うと、二つに分かれた。

「メアリ!!」叫んで少女の後を追う。

 女の子はころころと転がったのち、河原にたどり着いて身体を仰向けに投げ出す形になった。

「よく知らせてくれた。すごい量だな」無帽になっていたゾールの神官は自分の髪をほどいたのだった。

「うらやま……しいか……。おっさんははげとるからな……」「刈っているだけだぞ。しかもそれは暗器か? よく
やるよ、本当に」

 ゴランは材木置き場でメアリが髪に仕込んでいたものがわかった。薄暗い中、少女の手に針が小さく光る。
コボルトの血に濡れているからかろうじて見える。

「ちくっとしただけや……。のりものに死なれると……うちまであぶない……。だのにこないにしてからに……」

(なるほど生きているな)ゴランは、自分たちから離れたところで首筋の痛みに苦しみ怒るコボルトの姿を確か
めた。