「で〜〜?」面布が下からめくれそうになる。 ゴランは片手をゆっくりと突き出した。おごそかぶって、メアリの素頓狂な声を止める。(なんのようや、などと 言わせん) 「先程お断り申し上げたはずですが」「はっはい」ゴランが椅子に座ったままノームの客に言葉を降らせると、相 手は自分の顔に手拭きを使った。細かな刺繍が入っていて、あからさまに華美で、裕福で信頼のおける商 人だと客に思わせるやり口だとゴランは思った。 「手短ならばどうぞ。ゾール神とこのマリー様は黙って耳を傾けてくださいますよ」「おお!」「マリーさまあ?」 (てめえ、またしても!)ゴランはメアリを心の中だけで睨む。ノームはこの黙らぬ餓鬼を勘違いしていて、外国 で活躍する同胞の名誉に目を曇らせて寄ってきた。しかし声を耳にしたらいずればれる。(どこかを隠してもど こかが飛び出すやつめ!) 聡い商人なら慌てて追い返せばますます怪しむとゴランは断じていて、(聞いてやったふりをして断って帰そ う)馬をいただくのは諦める。 「それでは、祝福をお願いいたします。ゾール様のご利益はわれわれ農商に有り難いものです」 (知らん!) ゴランは自らの不信心を呪った。彼はもっと情けない気持ちになって、少女の様子をうかがう。 メアリの視線は豚に注がれていた。すぐそばの異種族や不信心者をそっちのけに、布に覆われて仕事を果 たせないでいる自分の口や胃袋に気持ちを奪われているのだった。 (おい! 信仰に詳しいのなら、手助けをしろ!)修行中ということにしてしまったので、ゴランから声をかけるこ ともできない。 「なあ。ゾールはんの教義をちゃんとしっとるんか? 言うてみ」メアリが自分の口の前の布を動かして喋る。 「ほ、豊穣と饗宴です。その力におすがりしたいのです」平身低頭するまでもない背丈のノームは、再びきれ いな手拭きを使う。 「ふむふむ。まあ、異教徒にしてはしっとるな」「恐縮でございます……!」ノームは椅子という高みにいるゾー ルの僧に深々お辞儀をする。 「そんで? じいさんは今なにをしとるん?」「……は? 教えを、乞うている最中で……」老ノームは考えあ ぐねて言う。手立てのないゴランもメアリを止めあぐねている。 「うむ、えらいなぁ。うちはそないなえらい気持ちにはなれへんわ。今はな。人間、くいもんのことしか考えられん ようになるときがあるやん」 (本当に自分の気持ちしか話していない! いい加減にしろ!)メアリは残していた豚ステーキからもはや目 を離さずに喋っていた。 「ゾールはんの教えに対してみて、どうや」「あ……」ノームが虚を突かれた。 「もうおやめください! これ以上禁を破り下々と口を利けば修行は台無し、マリー様といえど罰を受けます ぞ!」 「なに言うとんねん! 迷える衆生を救わぬ修行があるかい!」「ひええ!」ノームはますます算を乱し、ゴラ ンは向かいの僧帽の中に笑うふたつの眼を認めた。エメラルドの輝き。 「そういったお覚悟ならばわたくしも甘んじて処分を受け入れましょう!」「そ、そんな、ちょっと、ちょっとお待ち を」ゴランはシーフの少女を目の前にして、錠に鍵が合わさった気分になった。 |
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