(犬の口で上手に喋れるはずはないんだ)ハッシュバッシュの渉外はノームが担当する。コボルトは軍事面を 司る。 メアリの目の前のコボルトは斥候を務めているのだろうとゴランは考える。(裸になって……。実に馬鹿馬鹿 しい作戦だが、功を奏して村に入り込んできたと思うしかない) (となるとさっき会ってきたノームの商人と直接の繋がりは無い)ヒューマンの村で、盟友のノームが商売だか調 査だかをせっせと行っている最中にこんな騒動を起こす意味も無いと続けて考えた。こっそりと小さな子供を脅 かしているのだから。ゴランの連れもまた密やかな悲鳴を上げ続けていた。 (あのコボルトもノームと同じ気持ちになったんだろう)斥候の任のうちに山奥で迷ったか兵糧が尽きたか、とに かくコボルトは田舎村に入ることにしたが、そこで同胞の坊主を見つけて助けを得ようとしたのだろう。そうしたら ヒューマンの餓鬼の顔をしていた――とまで想像を巡らせたら、犬が喋りだした。ゴランは耳を澄ませた。 「ヒューマン、おれを、だましたな」 「はあっ!? なんでやねん! いや、声、ちいさくしようか?」 「なんで、お前、ひとを呼ばない、ずっと。ヒューマンはずるい。ヒューマンはたくらむ」 「いやぁ……それはなあ……。あんたはんが見つかったらさわぎになるやないか。そしたらうちかて危ないめにあ う……かもわからんやろ」メアリは言葉を選んでいる。(そうだよな。俺たちだって、あのノームの商人や教団の 追手にはもう見つかりたくない。会いたくない奴は今はいっぱいいるんだ)しかしその割にひっきりなしに喋る奴 だ、とゴランは思う。 「うちは優しいんや。あんたはんのような化け犬やらモンスターのことまでちゃんときづかうんやから」 「おれは、モンスター、じゃない!!」 「えええ!! なんでや!」裸のコボルトが口を大きく開いた。びっしりと並ぶ犬の牙をメアリは見せつけられ、 自分のエメラルド色の目をただ見開く。 (うかつなメアリが相手じゃなくてもこうなったろうな)傍観者は黙ったまま思う。(同胞でない者に声をかけてし まって、自らの隠密の動きと、自分の国軍の動きを知られたままにしておくわけはない) ゴランはまだ自らが相棒の帽子を握りしめていたのに気づいた。寝そべったまま懐中にしまい、懐の自分の 持ち物と取り換えた。(俺たちもこそこそ隠れる身、派手な騒ぎは避けたかったが) (俺がもっとのんびりしていたらそこに最悪の結果が転がっているところだ) 「よう、娘から離れてくれないか」 「おお!! ようやっときよった!!」メアリはコボルトの毛むくじゃらの肩を透かして見る援軍の姿に湧き上が る。「……こんどは娘かいな」 「おおきなヒューマン。おまえ、こいつの、父親か」コボルトはヒューマンの新手を睨み唸った。 「ああ」(こいつ、声をかける前どころか俺が立つ前に振り向いた)ゴランが落ち葉を肩から払い落とすと、コボ ルトは身をぴくりとこわばらせ、新手の敵から目を離さず左手でメアリの首根っこを捕まえた。 「ぎゃ〜〜」少女は小さな口から低い声を出して犬人間の鋭い爪に怯えた。 「おい……」(喉は絞まっていないようだが、早急にかたを付けよう)ゴランは自分の掌中を握りしめる。 「うううう、うちは優しい言うたやろ。このおとんはな、ほんまにわけのわからんおっさんなんや。うちかて髪の毛よ うけひっぱられたんやから……」 「おい! 父親! 手にかくしてるもの、みせろ!」 (くそ! まったく余計なお喋りめ!) 「はやくみせろ! かみ殺すぞ!」 |
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