「おかしなおっさんと一緒になって、唯一たのしいとこやのに」メアリは刺す。「なんでおっさんに小言いわれなあ かんねん」 「フォークで刺せ。危ないぞ」「りょうほうに持ってたらどっちがどっちかわからんわ」少女はナイフの先の豚肉を口 に入れた。「うまいわあ……。うち、刃物のあつかいがうまいんやで」 「自分を怪我させてぴいぴい泣くのはいいんだ。帽子をかぶれ」 ゴランに言われてメアリは下を向く。 「汚しとらんよ。せっかく手にいれたきれいなおべべなんやから」 「すぐにかぶって、口布だけ外して食え」 「ああ……」メアリは理解した声を出す。「だいじょうぶやろ、ここではうちが看板娘とはいかんわ。残念やけど な。ガイデンハイムとはちがう」 メアリの対面に座っている男の目つきが険しくなった。「……。せやかて、くち動かすのにいそがしいんや。この 帽子よごれてまうで」メアリはまた視線を下にやって、自分の腿の上に乗せた僧帽に憐れみを垂れた。 「豚肉は固いだろう」「なんやねん、だからうまいんや。食いでがあるで。このワインにもよう合う」 「葡萄のジュースじゃないか」「どうちがうんや。おっさんかてジュースのくせして」 「金を払って自分から前後不覚になるのは好きじゃない」「ここはすきな人間がおおいみたいやな。昼間っから な」メアリがその赤い後ろ髪を、馬の尾みたいに振ってあたりを見回す。 (見渡すまでもない)酪農民の護衛はやはり交代制なのだ、飲み食いに不必要に騒ぎ立てる者が大勢いる とゴランは思った。 「なあ、食わんのならうちにくれへん」「お前、大人ひとり分を注文したくせに。まだ残ってるじゃないか」対面の 少女が自分の料理皿に視線を注いでいた。 「ほら」ゴランは少し取り分けてやることにした。「えっへっへっ、おおきになぁ!」メアリは笑顔になってフォークで 自分の口に鶏肉を運ぶ。 「うわぁ、皮がぱりぱりでうまいわあ。こっちも頼んだらよかったわ」 しばらくのち、 「ふう。ようさん食うたから、ちいっと休憩や」 「そうだな。ここはうるさい」(誰に聞かれているかもわからない) 「なんでやねん。うちの皿のこっとるやろが。もったいないわ」 「何を言ってるんだ。ああ、厠か」メアリは席を立っていた。 「あほ!!」「馬鹿はお前だ。腹っ減らしだったのが、いきなり飯を詰め込むのも危ないんだ」 「あほ!」メアリはまたきょろきょろして、行く先を見つける。彼女が顔を隠すみたいに僧帽をかぶったので、ゴラ ンも心に一息ついた。 口数の多すぎる少女が離れて久方ぶりにひとりになると、ゴランには酒場の喧騒も静かに思える。しかし状 況が変わるのは彼の想像よりも早い。 「もし……。不躾かと存じましたので、あの方が離れるのを待っておりました」 「……」ゴランは尋ねてきた者の姿に少し驚いた。身構えはしたものの、兵士や冒険者ではないようだった。 |
|