「お前さんはさ、モノやカネよりもヒトを愛するべきだぜ。一度きりの人生はさ」 「そうだな。酒瓶といつもくっついてる爺さんの言うとおり」ペルタニウスがハーンへ言う。 「いやあ、でも。その、《のら犬亭》の人間は他人様を愛しづらいんじゃないですかね」盗賊ギルドのハッタタスは仲間のペルタニウスへ言う。 「ほう、おめえ。そのにこにこ顔の下は真っ赤な嘘でできてるのか。やっぱり」 「そ、そうじゃねえですけど」「そうじゃねえよな」ハッタタスとペルタニウスがハーンに反論した。 「そうじゃないのを証明したいから今日はハッタタスのおごりってわけさ」「えええ……」 「ゴランの旦那、静かになったっスね」小声。 「つまんないやりとりでぱっぱと話を進めるに限るな。あとはただメシ、ただ酒を腹に詰めさせてもっとごまかす。でもああ見えて怒り狂ってるだろうなあ。ギルドいちの手練れが欺かれたんだから。女をあてがって、ようやく間に合う気がするぜ」 「ハーンの旦那はお酒が頭に回ってるし、これ以上謝らせても意味がないでしょうね……。ところで女の子っスか」 「なんでお前が得した顔をするんだよ」 ペルタニウスは靴音をさせて坂を駆け上がった。しばらく進んだ。人混みにまぎれてペルタニウスの背中を無言でノックする者がいた。今日はメーラの日だったが、昼食時なので往来の客は多い。 「いやあ、なんでもねえ。俺の女に誰か会えたら連れていってやろうかと思ってな。人が多いと美人も多いから間違えちまう」ペルタニウスはハーンへ大きな声を返してやる。 「さりげなく腹の立つことを言ってますが、その女の子はつまり?」ハッタタスも追いついてきた。 「さっきの計画とは関係ねえのよ。お前は俺の女に会ってもひとことも喋るんじゃねえ。子供みたいな野郎だ」 「ああはい……。そんなに顔真っ赤にして怒らないで」 「あいつはのんびりしてる、とは思ったんだよな」ハーンは眼下から昇ってくるゴランの姿を確かめる。歩みがのろい。《ハサミガニ亭》は山の手の店である。 「あ」ハッタタスは驚きの声をあげた。アルシャ袋が宙を舞う。 「おいおい、まさかのやけか」驚きながらもペルタニウスはゴランの財産を手中に収めた。 「預かれ。休暇が決まった」三人はゴランの掲げた船券を確かめに坂をくだった。 「いつも大変っスね、休暇」 「まあ戦地でないだけましだろうぜ」 「ケフル軍は首尾よく地元までオークを引っ張って来たとこらしい。西から来た客どもが興奮してしょうがねえ。エサランバル攻めは時間の問題だな」 「オークがケフルで暴れださなきゃいいスけど」 「それはそれでゴランが安心だあな」ハーンはハッタタスとゴランの肩を強く叩いた。 「お、お昼の鐘じゃないスかね」 ブルガンディの空に素早く浸透していったのは、ソフィア寺院からの心地よい低音である。 「じゃあ急ぐか」つぶやいては踵を返すゴラン。 「ゴランよぉ」ハーンが放り投げて相手に反射的に取らせたのはもう一つのアルシャ袋である。 「余計だぞ」「馬車代を使わんと間に合わんぞ。足止めして悪かった」ハーンは顔を笑っているかのごとく歪めた。 「俺も餞別だ」「あ、はい、あっしも」ペルタニウスとハッタタスは《コイン投げ》のスキルを使った。 「ではもらう」ゴランは財布を固く結んでブルガンディを去ってゆく。「こっちは俺の店できっちり守るぜ。早く取りに帰ってこい」ペルタニウスは先に受け取ったゴランの財産を派手に振りかざした。 外国での休暇でほとぼりを覚ましつつ新たな依頼をこなすことは多い。 エルセア行きの切符。 |
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