椅子のハーンはゴランを見上げる。 「廃業しない程度にやってくれよ。肩揉みしてくれるならな」 ゴランは答えない。しばらくの間があった。ペルタニウスとハッタタスも無言になって視線を合わせた。 「お前さんは他人をつけるのは大得意だ。知ってるぜ。けどな、わしらの仕事は他人をつけることと追われることさ。わかるか? どちらも上手くこなせなけりゃ、わしらはころっと死んじまう」笑った口の中に年をとった歯並びがあった。 背後のゴランの体勢からはハーンのあらゆる箇所が手に取るようである。「やはりゴブリンの町で俺と遊んでくれていたわけか?」 「あいつに気を取られていたんだから仕方あるめえ。まるで大道芸人だぜ。薬売りのおまえさんよりも可笑しくて、こっちが失敗するかと思った」ハーンは自らの言葉に堰を切って、ゴブリン街でこらえていた分まで笑い声を立てた。身体まで大袈裟にゆすったが、ゴランの両腕は緩まなかった。 「二人でかかられたら俺はひとたまりもないさ」 「あのう……、もしかして仲間内でなにかやっちゃったんスか」ハッタタスはなるたけやんわりと割入ることにした。 また間があって、返答は遅れた。「一人が気を引いている間にもう一人がことを果たす。お前たちシーフの常套手段だろう」ゴランは向き直った。 ターバンのシーフは激しく頭を振った。「違うのか」 「違います! ああ、いや、そうなんスけど、けど違います! あっしは今日はまだ働いてませんよ! ねえ!!」ハッタタスはゴランの視線に耐え切れず、隣りの頭巾のシーフに会話を投げ渡した。 「食い物屋ってのは朝の仕込みがきついんだよな。不平だけ並べ立てるさぼり野郎は誰かに売り渡したくなるのが当然ってもんさ。変装スキルに長けてギルドの仲間も簡単に騙せるハッタタス君がうらやましいよ」聞き終わったハッタタスは涙まじりの笑い声を出してハーンのほうを向く。 「わしゃ見たまま言っただけさ。このゴラン君がヘンテコじいさんに殺人現場で立ち往生させられていたんだから面白く思わない奴はいないよ。酒より旨いものを飲めたらわしの腕だって上がる」酔っぱらいは笑って首をもっと上げた。ゴランの片手のひらが肩からどいてハーンの顔にかぶさった。なのでハーンはもっと可笑しくなった。 「追いかけっこのスキルも大事だが、ごまかしのスキルは全てに得をさせてくれる。新人のくせにハッタタスは上手だな。長生きできるぜ」ハーンは自分のごましお色の髪を手ですいた。 「よ……よしましょ」(また嵌められてる)ハッタタスは完全なるとばっちりの立場であったが、鉾が向けられてしまった。気が向いた者から道を外れだすので、なんという職場かと日々思わされる。しかし、そもそもブルガンディの法を破るための集団なのである。 |
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