ゴランはヒューマン街へと帰った。彼はその奥深くへ潜んでゆく。見飽きたことさえ忘れさせるその看板は、ゴブリンの女神に揺らされていた。メーラの息吹は天気の良いほど強くなる。 日はすでに高く、ブルガンディの空気はそびえるポンペート山から順に暖まってゆく。かつて神々のおわした山の高みから夜中に冷えた周囲の地中海へと熱は動いてゆく。それがメーラの嬰児たち。 痩せたのら犬が神々のいたずらにばたばたと木片の悲鳴を上げさせられている。それが《のら犬亭》。 「開いてるか?」風に暴れる看板のそばでゴランは酒場の扉に話しかけた。 「開いてるからよぉ、閉めてくれや」ゴランは返事をせずに中に入って扉を閉め、後ろ手にごく静かに錠をかけた。 「おかえりっス〜」先程のぶっきらぼうな声とは別の者がゴランを迎えた。 「よう」もう一方の者は立てた新聞紙に没頭していると見えた。いるのはペルタニウスとハッタタスだけだとゴランは理解した。早朝の酒場に客はいない。 「風呂をもらえるか」 「どうぞどうぞ。今日も沸いてるっスよ」ハッタタスに頷き、ゴランは背の荷物とともに酒場の台所へ歩いてゆく。ハッタタスはいそいそと先回りしようとする。丸いターバンに丸い身体、丸い笑顔。 ゴランは表情を作ることなく片手で彼を制すると、雑多な台所の荷を早足で避けていった。 その姿は台所の端っこに消え失せる。 この店には地下があった。ゴランは背負っていた荷物を肩から外し、中身を少々探ったあと背負い袋ごと焼却炉へ放り込んだ。どのような構造なのか、煙は《のら犬亭》のよその方々から昇るようにできている。 これで更に熱い風呂ができるだろう。ゴランは朝風呂を堪能してから服をまるごと取り替えた。ここには女物の衣装や香水まで取り揃えられているが、ゴランの所有物や技能および趣味ではないので彼は見向きもしない。 階段を登る。酒場へ戻る通路だが、一階の物音はよく響くよう造られている。ペルタニウスとハッタタスは騒ぎが大好きだ。(あいつらシーフのくせに) ペルタニウスの手にしていた「ブルガンディ」紙をもとにした討議が繰り広げられているらしい。 |
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