殺人は簡単な仕事だ。 生命を軽んじたり、侮ったりしているのではない。 気心の知れた者を南港見学や、ポンペートへの登山に誘ってみるがいい。友人の背を軽く小突き、ことの最後までじっくり見届けるだけで仕事は完了する。 しかしその易しいことを死すべき者たちは行わず、互いを認めて生きてゆける。尊ぶべきは平穏だ。この世が自分のような、線を踏み越えた無手勝の者ばかりであったならば、このウルフレンド大陸などとうに滅びているはずだと思う。 もっとも、今年は誰もが認める公然の大量殺人が北西の地方で行われる年らしい……。 ゴブリンのブークは待ち人をしていた。気が気ではない。羽虫たちは自分の手にした松明の炎をかわしつつ、光熱をうまいこと吸収して楽しんでいる。 他の誰もいっそ、夜明けまで来なければ良いと思う。闇にひとり置かれた自分の姿は誰の眼にも目立ちすぎる。 不安で満たされた黒色の中にゴブリンが溺れかけた時、ブークは一点、ごく小さな遠い灯を目に入れた。 弱きゴブリンはどきりとしたが、一瞬のち安堵した。方角と、綺麗なランタンを確かめたからだ。 シャーズの貴族様には時間を守る方法があるらしい。ちょうど低音がゴブリンの体の奥底に響いている。遠方のソフィア大聖堂で鳴らされた鐘の音が心地よい変化を遂げたものだ。 「これはこれはシャナク様。今宵もお疲れ様でございます」ブークは急いで近づく。短い足を懸命に走らせてみせた。 暗い色を着こなした影は生返事をした。頭巾を突き抜けた猫の耳が動いた。 |
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