「まあなんだな」ペルタニウスは酒瓶の並んだカウンターについて気分を変えた。「大金貨を施してやったり、殺されたり。シャーズども、死ぬほど忙しいとはこのことかね」 ハッタタスはそこらの椅子を引いて座った。《のら犬亭》に年季の入った音が響く。「アシャディさんはどこへ転がったやらとんと不明スけど、ゴブリンの景気は良くなったっスよね」 「あんだけ馬鹿みたいに人が集まりゃあな。なんとかしたくなくてもなんとかなるさ。カネ一枚でゴブリンマーケットが吹っ飛んだら面白かったのにな」ペルタニウスは棚の中のひと瓶を見定めた。 「ご縁がない方が良かったわけっスか。また奴らに火がついたらブルガンディが今度こそ沈んじゃいます。不吉なことを言葉にするのはよしましょ」 「ゴブリンごときでよ」ペルタニウスは良い音を立てて栓を開けた。 ハッタタスはいつもの笑顔を更に輝かせることができる。「さすがペルの旦那はお見立てがよろしいスね」 しかし声を潜めて、「……シャーズの貴族は足が滅多刺しだっんスよ? ゴブリンだって金星を挙げられるんス。徒党を組むのが奴らの得意スから」 「本当に見立てが下手だなてめえ」ペルタニウスは瓶口をくわえて中身を一挙に美味そうに飲んでみせた。ハッタタスの笑顔の中で眉だけが縮こまった。 「奴らの得物は石斧だったろう。ずっと得体の知れなかった辻斬りに対して、貧乏人が揃いのダガーをいきなり用意できるのか?」ハッタタスは機嫌をそこねて得心がいかない。 「街の危険をのけてやったらゴブリンは喜ぶ。シャーズも喜ぶってことさ」 「シャーズ。もしかしてシャーズがシャーズを殺すとおっしゃってる?」 「その通りだよ。俺たちだってやりづらいことは裏通りでやるだろ。無断で真似っ子してんのさ」 「害者はシャーズのお貴族様っスよ。素直に考えたら仕留めさせたのはヒューマンでしょうに」 「お貴族の醜聞を素直に考えてくれる奴はありがたいだろうねぇ」 「ふーん」ハッタタスはちょっと唸った。――ゴブリンを焚き付けてブルガンディや北のノルディーンで反乱を起こさせたのはヒューマンである――。そういった世論が形成されつつある。西で起きた戦争の前準備であったのだと。余計な噂を立てるシャーズの首根っこは押さえなければならない。平和であってもそう考えるヒューマンは多い。 対して、現状表向きにはシャーズの貴族を殺したのはゴブリンということになっている。貴族の家を適度に締めあげるだけで辻斬りの善悪は問題とされないので、シャーズは思う存分治安の強化をできるだろう。 いま働いているのはどちらの種族の力だろうか?(シャーズ娘は可愛いスけど) 「黒幕はシャーズだよな、ゴランのおっさん」ペルタニウスは顔の向きを変えて大きな声を放り投げた。 「あっ。仲間を起こすなって言ったくせに」ハッタタスは慌ててとがめた。ゴランとパーティを組む機会は少なかったが、力仕事を確実に減らしてくれる相手だった。ペルタニウスの遠慮のなさには肝を冷やした。 「知らん」ゴランは椅子に背を沈め目を閉じたままである。 「おっさんが知ってるはずねえもんなぁー」ペルタニウスは三日月のような顔を歪めた。(やな感じの笑い)満月のハッタタスにほんの少し翳りが差した。 「知らなくてもいいからよ、ご意見はねえの」 「ない」ゴランは少し動いて、椅子にもう一段沈んだ。 「ないの。全くないの。へええ」いまだに空っぽの酒場にシーフ・ペルタニウスの軽い声が響く。そこへハッタタスが言葉を持ち込もうとするが、向こうから先回りして絡んできた。 「俺はおっさんのことは高く買ってるのさ。腕はかなり立つがなんというか大人しいね。俺の店だと無防備にくつろぐのも気に入ってる」それからハッタタスの目の前に人差し指を突き出し、ぐるりと輪を描いてみせた。「気に入らねえのは俺の店で勝手にごろごろと転がっている、こんな感じの丸顔さ」 「な! 酷いっスよ」 |
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