シャーズの怒声に気を取られたところに声が掛かったので、ゴブリン街においてゴランは緊張した。「やぁ、これからお仕事かね」 「あんた、ご隠居か? こんなところに散歩に来るヒューマンは珍しい」手には杖、禿げあがった頭、長たらしいローブ、散歩の格好ではないとは思う。胸に下がるのはどくろをかたどった美しい水晶だ。 「鏡を見てみればもう一人お仲間がおるな」ヒューマンの老人は笑ってきた。 「じいさん、自分の言ったことくらい覚えてなよ。俺は仕事中さ」 「こんなところでかね」 「商売は人気のあることをするか、人がやらないことをするか、極端なものだろ?」 「おまえさんは悪人かね」老人は杖を大袈裟に構えた。 ゴランは少し笑って、「どうも話が飛ぶな。テイビルケの秘薬をブルガンディへ広めるのはむしろ善行だと思うがね」 「薬売りかね。なら中身を見せられるかね」老人は構えた杖をゴランの足元へ差した。 「ああ。見本をやろうか。俺たちはヒューマンの珍種同士だ。この朝を縁と思おう」ゴランは視点だけ足元へ落としている。 「と言って、詰めておるのはわしを殺す毒じゃろう」 「毒? 毒もたくさんあるぞ」 「なに」拍子抜けして驚いた老人の胸のどくろがふらふらとした。 「散歩は城壁の中だけか? モンスターに効くとびきりの毒さ。非力なじいさんみたいなのには素晴らしく得な品だろ?」 「なるほど、これでわしがダルトをはたくわけじゃな」 「何を言ってる? 試供品だ」 「いいや、わしは財布を空にする運命にある」老人はローブの懐をまさぐる。 「おい、危ない。なんなんだ。ツケで良いから」ゴランは戸惑いつつゴブリンの街を素早く見回した。声を潜めるが、調は鋭いままだ。 「いいや、今度ツケを背負うのはおまえじゃ。おまえさんは隠し持った紐ですでにがんじがらめなんじゃよ」 「……何を言う」 「毒とはな、便利だから置きたくなくてもそばに置くものじゃ。さあ、ありったけよこせ」老人はダルトを片手いっぱいに掴んでいた。 「おい」ゴランは注意をうながすが、老人は多量の毒薬を受けとるや否やすぐに別れていったのである。周りのゴブリンが色めく前に。 ゴランもその場はすぐに離れた。走り去る老人の足音を把握したのはその背中を観察するためである。ゴブリン集落の手頃な塔を見つけて駆け登った。見下ろせばヒューマンのローブ姿は目立つものだ。 老人は頭巾をかぶり身を隠すところであった。 |
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