額には鋭い角、口にははみ出すほどの牙が並ぶ。 大きめの個体だった。ガルテー山脈のドワーフたちが作り上げ馬に引かせる戦車ほどもあろうか。 ブラック・ハウンドは凶暴な意志に輝く目で獲物を睨み続けている。 対するのはちっぽけな金髪の少女なのである。暗い色に染められた板金と獣の皮でこしらえられた、年頃に似合わぬ野趣あふれる鎧をまとう。その顔貌も浅黒くて、このキルギル地方には珍しい人種のヒューマンであると分かる。 少女の得物はといえば、天を指している。左手の先に長刀が握られて、山脈を照らす陽の輝きを蓄えているかのようであった。 日常の山地に存在するはずのない輝きを受けて、ブラック・ハウンドは体全体で不快さを示した。悪魔の猟犬の低い唸りは谷へ落ち込んで貯まってゆく。 「このお!」女の子の掛け声は整って可愛らしいその顔立ちによく似合うものだったが、構えにまで幼さを見せていた。最上段からの降り下ろしではまったく間に合わないだろう。 ブラック・ハウンドは手堅い防御を行う。ヒューマンの長い武器を見事に止めた。 少女の刀は猟犬の角に吸いついたように動かせなくなった。モンスターは、自らの角を傷つけず最大の効果を挙げる防御のやり方を心得ていたのだ。 少女は褐色の顔をしかめたが、それはただ刀と角の打ち合いの音が耳に不愉快だったからだ。間髪を入れず次の段階に移る。 対していた魔獣が炎に当てられたみたいに飛び退いた。少女メナンドーサは歯を見せて笑った。 小さなメナンドーサははじかれた。背後にそびえるキルギルの乱暴な岩肌が彼女を迎えた。戦いの痛み。 (獣が右にのいたら、左前足を軸に右足で払ってくるよね)心身に大きな衝撃を受けていたけれど、冷や汗の中に考える余裕があった。暗い鎧は少女の背を守り抜いたらしい。 一瞬の間が流れて、メナンドーサは彼女の笑みを取り返した。歳に似合わぬ冷ややかな彼女独特の笑い。 先ほどから地面に鮮やかな花が咲きこぼれている。流れの元はブラック・ハウンドの脇腹だ。 左手の武器をみせびらかす作戦が図に当たり、メナンドーサはえも言われぬ高揚感に浸された。隠していた右手の長刀の先っぽが獣の血に濡れている。キリジの二刀使い。 山の大気が震えた。風神メーラになりかわったのは目前の猟犬だ。額の角を誇示するように振る舞い、少女をひと呑みにできる口腔と牙をあらわに吠えたてる。 さしものメナンドーサも笑いを引っ込められないままたじろいだ。 この様子では傷はまったく浅いようだ。(でかすぎるんだよねぇ……) |
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