ゴブリンが襲撃された。予想になかった打撃武器を受ければ一層の混乱と恐怖に陥る。汗みずくになった体をずっとぬぐいたかったのだが、命の危機に遭って白熱した頭からは何もかも吹き飛ぶ。 生まれてからずっと呪っていた、貧困の生活に唐突にいとまを告げることを迫られても、このゴブリンが選べるのは無我夢中に眼をつむることだけだった。 一方でゴブリンのとがった耳は「ニャッ!」という低く短い叫びを拾うのだった。ブークは反射的に目を開けた。 すると、シャーズの騎士は低空における奇跡的な宙返りを成し遂げていた。重みのないかの如き流麗な着地。 「おい、爺はどこだ」しかし、しきりに見回しながら怒鳴り散らす。 ブークが新たな、比較的ましな恐怖にまごつくより先に、シャーズの軍靴を鳴らしてシャナクはぐんぐん近づく。 「だ、誰も見ておりません。恐ろしげな声が響いていましたので、わたくし、必死にお助けに参った次第で」 「助け? シャーズを侮るな。何も見られぬ助けとは、笑えもせんわ」 「はい。シャナク様のお邪魔をいたしましたこと、どうかどうかお許しを」街のかすかな灯りの中、シャナクの腰の尻尾が不機嫌を帯びて鞭のように振れているのが分かった。ブークの声と身体は震える。 真夜中のゴブリン街はざわめきとかすかな灯りに満たされつつある。シャナクは自分が騒ぎの中心になったことを鑑みた。 「また路地裏に移動する」 「は、犯人を追いませんので」 今ゴブリンたちがヒューマンの老人の姿を認めたなら騒ぎで分かる。シャナクはそう考えている。 ブークの言いかけていた手がかりを使い、シャナクは予言の老人を追い詰めようとしている。 だがゴブリンはすっかり気後れして見えた。 「さっさと申せ!」シャナクはフランベルジュに再び手を掛けた。老人への忌々しさは隠せない。 ブークはひきつった口を懸命に動かしたが、言い終えるにはかなり時間を要した。 内容は、ゴブリン斬りの者はそのような長剣を使うと、ただのそれだけであったのだが。 「戯れ言を! 本当に膾になりたいか」 「嘘は申しておりませぬ! 双子月の明かりを映してそのような剣が闇夜に輝いたと聞いたのでございます!」ひたすら平身低頭して言うのである。 「ぬう……。まあいい。私は探索を続ける。貴様は帰って結構」 「お一人では危のうございます! わたくしめは到りませぬが、できる限りの者を集めましょう。一気に犯人を追い詰めるのです」 「貴様が複数人に増えたところでなんの役に立つと言う? ゴブリンには心底呆れ返ったわ!」 「ははーっ」ひれ伏したブークを尻目にシャナクはつかつか歩き出した。シャーズは興を覚えて冷静になりたく思っている。 |
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