「何。どういうことか申せ! なぜそれを先に言わないか」 シャーズの騎士はゴブリンを急かした。ブークは殺人の目撃者を見つけたという。 小さなゴブリンはシャナクの剣幕にまごつくばかりであったが、気がつけば彼が刀の束に手を掛けていて縮み上がる。 悲鳴は上がった。驚いたブークは自分の声を引っ込めた。 「ゴブリンの女!」シャナクは声の響いた方角に向き直っている。路地裏の周辺から一斉に、ごとごとと耳障りな音が夜空に響く。住人たちは貧しいねぐらの中で今夜も恐怖に耐える。 ともかくシャナクは駆けた。ひるがえった外套と腰から伸びたシャーズの尾は、ブークの目に一瞬だけ入った。闇に消えるシャーズの騎士。 灯りを消してしまったのは痛恨で、ゴブリンは愚かな自分を呪った。事が起きるたびにテイビルケに魔術を学びに帰ろうと思っている。 走ろうにも道の際のどぶが気になってたまらないが、心を決めた。同じく怯えた同胞が家々のなけなしの灯りを精一杯増やしてくれることを願う。 シャナクはゴブリンの女とすれちがった。彼女は悲鳴を更に強くした。さすがに助けを求めては来ない。異邦人の騎士は(勝手に恐慌をきたしていろ)と思う。 しかし、やまない悲鳴はその原因の注意を引く。シャナクはゴブリン女とその向こうにいるであろう目標の二点に用心をして走る。ゴブリンの金切り声はぐんぐんと遠ざかった。 大回りをしても現在位置は把握できた。ゴブリン街の外側に近いからだ。(……ここはヒューマンの領域のそばか) 奇妙に思うが考える暇を作ることに成功した。シャーズは隠れたいところに隠れることができた。ゴブリンたちの拾い集めたゴミため。大小さまざまなものが積まれており、シャーズの眼光だけを覗かせることもたやすい。頭巾をあらためて深くかぶる。 目標は長いローブの裾からおぼつかない足取りを見せている。その歩にはとりとめのない酔漢の動きでない、一定の悪いリズムがある。手の杖に頼る、老いた足つきだ。丸めた頭も目立つ。背丈を合算してドワーフでなくヒューマンであるとシャナクは断じた。 ときどき腹のあたりが気にかかるのは、宝石の光のせいだ。暗い光。夜空を透かした光かもしれない。 ヒューマンの老人は空を見回す。シャナクは老人の視線の先へ自分の眼に供をさせてみた。ゴブリンたちの建物を確かめているらしい。 視力も衰えているのだろう、一軒一軒を辿りつつ歩いているようだった。 と、シャナクは思考の歩を止める。ヒューマンの視力は洞窟生まれのゴブリン以下ではなかったか。灯りも持たずになぜ平然と歩くのか。 「ご用心! 大切なものを落とさぬよう」大きな瞳がゴブリンのゴミの向こうから覗いていたのである。シャナクはヒューマンに不意を付かれて尻餅をついた。「このわしに気をつけなさい!」 |
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