オークの口に戸は立てられない。この地は遥か上方にそびえるとされるヒューマンの前哨地の名を取り「クリールの底」と呼ばれた。それを一兵も損なわず突破したオークの勇士たち。真実は不明瞭でも行列は結果に沸き立った。興奮の赤き鼻声たち。 「一度拾った命だから、」ガルーフも一息置いた。「皆もうるさいながらも辺りに気を配るのを止めない」半信半疑のさなかにいるものの全体の士気は確実に上がったと思った。「必ずヒューマンの下衆な罠が先に待つんだろうが、今は良いことばかりだ。それが一番大切なことじゃないのか」と隣りに聞いてみた。 「ヒューマンに生かされて付け上がるか? 世界を知った気だな、旗持ち」被害の無さが問題なのだ、とガーグレンにはひとり没頭することがある。そこに連想することがあってガーグレンは早馬を遣らせた。後ろにぱっと駆けて行く士官の背を見送ったガルーフがまた絡んできた。 「しまった。俺は前にばかり敵がいるものと思っていた」 「いちいち軍を騒がすな。使者が駆け戻るまでひとり黙って怯えておれ」 「行進を止めないどころか早めるのか」将軍の采配で軍靴の響きが不意に高められ、ガルーフは声をあげた。 「山間にとどまってなんの兄弟の助けになるか。拓けた平野で素早く向き直ってオークの復讐だ」盛大に舞う埃の中でガーグレンが口を開ける。外套で目鼻をぬぐった。 初陣においてガルーフには考えるべきことが多すぎた。「さっきは前にだけ敵が居ると言ってしまった。しかし、前にもだ、前にも後ろにも居たらどうなる」敵がずっと見えない。苛立ちは胸を突く。ガルーフに疲労はなくても赤い息切れは出てくる。 「貴様は士気がどうとか論じなかったか? 兄弟の気合いを束ね、方向を定めて敵にぶつけてやるのが吾輩の役目と楽しみなのだ。聞けや美しく揃う軍靴の響き」自慢の身体ひとつで勇気を奮う。ガーグレンは轟く足音にオークの流儀を見出しているようだ。 堅い皮でできたオークの耳を同胞の足音のためだけに使えば、誰もかも号令なしに統制された地の響きを楽しむ。敵と当たるための狂躁とわかっていても甘美だとガルーフは思った。しかし、(しかしこんな山道だ。俺たちは死の崖に向かう巨大ネズミなんじゃないか。走らされているということだってもある) |
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