マクネイルは眠りから覚めた。部屋に時計の類は置かれていなかったが、小さな窓を見て朝焼けの前と彼は 判じた。 老大公は杖を取り従者の寝床を叩いて着替えを行った。そして不安げな従者を置き去りに一人廊下に出 る。 しばし歩いたところへ足音がついてきた。(静めているつもりなのだろうが、なっておらん)大公は振り返る。 「眠れなかったのか? ピルリム」 「恥ずかしながら……。ど、どこへおいでなのです。こんな早くに?」 「起きていたのなら供くらい連れよ。朝の空気を吸うだけだ。ここは息苦しい」ピルリム卿は怪訝な顔をした。 やや贅肉が乗っているが、若く血色の良い面がこわばる。 「ならばお供つかまつります。叔父貴の一大事は連合の一大事……うっ!」ピルリムの首に杖がかけられ、マ クネイルの手元に引き寄せられる。 (声を潜めよ!)「ここは兵が多数詰めておるのに、何の心配がある?」言うが早いが大公は親族を突き放 す。 「し、しかし……。も……も……申し訳ないです」若い顔は朝暮れの中で蒼白になった。 「だからわしは一人で行くのだ。貴様のような粗忽者は疑いと嘲りを招くわ」マクネイルは背後でこうべを垂れ る若者を顧みなかった。 マクネイルは階段を見つけては登っていった。ピルリムに豪語したものの、勝手がわからなかった。 「やあ、如何なさいました。なにかお困りですか」「これはこれは……。老体を驚かせ給うな」本心の言葉であ った。相手はマクネイルの耳元に突如囁いた。大公は自身の衰えを痛感したが、刀に手をかけなかっただけ ましと考えた。 ひげに覆われたキマールの顔はヒューマンの大公には野良猫そのもののように見えた。盗賊ギルドの長、す なわちシャーズの諜報官である。彼が二人の部下とともにマクネイルの背後からゆっくり追い越し向き直る。 (部下は男と女か)マクネイルは気を鎮めるための観察をしたが、キマールの長衣の尻のふくらみが目に入り 不愉快に思った。猫人間の尾! 「朝早くからお騒がせいたしましたかな」「ふうん? なにかございましたか。この者たちになんなりとお申しつけ を」シャーズの二人の男女が一糸乱れぬ敬礼をする。「必要ならもっと手兵を増やします」 「いやいや、廊下で話しただけです」「ほう、どなたと」「私の同胞はピルリムしかおりませんよ」 「これは失礼」キマールはにっこり笑って顔中のひげの向きを変えた。(盗っ人め、こちらが一言発せば根掘り 葉掘り訊いてくる)猫たちの縄張りの中にいることがヒューマンの大公には信じがたく忌々しいことだった。 「ところでどちらへ」マクネイルの予想した言葉と寸分たがわぬものがキマールの口から流れ出る。「はばかりで すよ」と答えるのは難しかった。寝室から離れすぎている。大公は諦めてシャーズの諜報を同行させることにし た。 (別段怪しまれることではないのだ)同胞の眼に入るほうが良くないとマクネイル大公は思う。 「さあ、こちらですよ」四人は幾たびか階段を登り終えた。「ではわたくしが開けますから、お気をつけあそばせ」 キマールは笑顔で自身の従者二人を制し、物々しい両開きの大扉、その片方に両手をかけた。 「うっ」マクネイルとキマールの長衣と従者たちの外套がはためく。 「潮風。気持ちいいですなあ。見てください、地中海の朝日の出です」 「ふむ」マクネイルはキマールの案内でようやく目的地に辿りついた。シャーズ艦の甲板の展望台。 |
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