(それでも貴族か。下賤な) ガートルード妃は良人を看ておいでか、その妹君をグスタフ公がさらに扶けておいでとあればまさにウルフレ ンドの規範となりましょう、などとマクネイルは聞き回られている。 ならばと大公が聞き返せば、自分の船で釣りに出かけた頃もこのような天気が続きました、などキマールは 言う。シャーズは会話の不公平な取り引きをしては逃げ回って楽しんでいるかのようだった。 朝焼けのもとで腹を空かせた壮年のシャーズは立ち食いをする。傍らの女性兵士に捧げ持たせた皿からク ラーケンのカルパッチョをつまんで口に放り込む。ヒューマンの貴族はキマールが舌を出しているかのように見 た。 シャーズはしかも対面している客から何度も視線をそらすのだ。(なるほど身体が硬くなっている!) 「おい」マクネイルが対面のシャーズを観察していると、彼は再び男性兵士を走らせる。 しばらくして兵は豪奢な制服の軍人を連れて展望室に戻ってきた。 「艦長、何事か」キマールが問うと軍人はヒューマンの姿を目に入れて「指揮官」に目配せをする。 (この船の艦長を連れてくるようなことが起きたか)「私はヒューマンでしかも老人ですが後ろで何かあったのか はさっきから聞こえていますよ」マクネイルは鎌をかけた。 キマールが深々と頭を下げた。「これはご無礼つかまつりました。漂流物はきちんと見極めませんとな」 「漂流物」マクネイルは船の後方へ向かって進み出た。甲板を見下ろせばシャーズの水兵たちが集まってきて いて降って湧いた出来事に騒ぎを大きくしている。 「現在、洋上に確認できるのは生き物一体です。……船幽霊でなければ」 「なるほど波間にかすかに見える」キマールも手をかざして進み出る。 「モンスターですか?」マクネイルの眼は波々のきらめきに阻まれて彼にはなにもわからなかった。 「見えなくともお気になさらず。そう大きくはないようです。御身は我らシャーズがお守りさしあげます」キマール がヒューマンに言う。 「モンスターや水生物ではないと思われます。泳いでいます」艦長が遠眼鏡を片目に当てて言う。 「陸の生き物が泳いでいると?」「はい、腕が上がっています。人間のものです」シャーズの指揮官と艦長が 言葉を交わす。 「つまり、漂流者か」「大事ですな」キマールとマクネイル。 「ええ、このような時勢ですから、謀略の可能性はあります。方角を考えれば、ケフルからのヒューマンか、オー ク……」 「至急ご決断を願います」「ええい、我が軍は国際法に則る。人命を優先せよ。ただし警戒を怠るな」 「はい、救助員に武装させ短艇を飛ばします」艦長は指示するために展望室を下りていった。 「いや賞賛に値する行いです」マクネイルは形ばかりの言葉を述べるが、「ノーラ……?」返ってきたのは呟き 一つだった。 「ノーラ嬢!?」マクネイルが自分の丸い耳を確かめるまでもなくシャーズの兵たちが口々に名を呼び始め た。 「あれは女性なのですか? いったいどなたです」正確な方角はわからなかったが、マクネイルも兵らのように 洋上を指差す。 「お前知らないのか! シャルンホルスト提督の娘さんだよ!」甲板の水兵が誰かに怒鳴った。 「あの金髪! お父さんそっくり!」 「あんな根性もな!!」 |
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