モンスターメーカー二次創作小説サイト:Magical Card

9.撤収、そして遁走



「撤収、そして迎撃」「は!?」艦長は遠眼鏡を下ろして指揮官に聞き返した。

「海の男がわたくしより見えんのかね?」キマールも遠眼鏡を下げた。「双方動きを止めていたぞ。波は高い
がね」

「はい……双方ともこちらの動きを見計らっていると判断します」

「わかっているじゃないか。短艇は疾く引き揚げさせ、魚の群れへ砲を撃ち込めば良い」

「危険です! セイレーン三体に包囲されているのです」

「だからこそだよ。海中にそれ以上の者どもが集結しつつあるやもしれないじゃないか。我々の第一任務は大
使団の安全を保証することであって、事態は急を要する」

 艦長が言葉を発しないうちにキマールは続けた。「黙ったままここからピルリム様をお救いできるような戦力
を所持しているようには見えないな。手立ては限られているかもしれんが主導権はこの船にあるとわたくしは思
っているが、どうかね」気が逸っているな、とキマールは自身の弁舌を分析した。

 この船に接近していたのがシャルンホルストの尖兵でなかったことが何より嬉しかったのだ。(ヒューマンの騎
士どのにおかれては覚悟のうえであったのだし、事前に小さな騒動を起こしてくれた)

「ピルリム様の勇に甘えてこのような事態を招きましたこと、どうぞお許しあれ。このキマール及びシャーズ海軍
は最善を尽くす所存でございます」シャーズの諜報官は後方にきちんと向き直り、深く頭を下げた。

 どのような返事が来るかとキマールはしばらく待った。

「な!? マクネイル大公、いずこにおられる!?」

 黙っていても目立つはずの耳が横にある者の姿をキマールは探しあぐねた。「どうして誰も大使の安全を確
保しておらんのか!!」

 甲板の水兵たちは海上の同胞らの難に猫の目を奪われていたが、数名が指揮官の狼狽に顔を見合わせ
て一名がそろそろと手を挙げた。

「おそれながら……ヒューマン様ははばかりへ足を運ばれました」「馬鹿!! よくある手じゃないか! こんな
時に便所など行くか!」(やはり老人、何か企んでいた)

「あの、こちらにも警戒態勢でしょうか」大声を出せば艦長が尋ねてくる。

「いえあの、すぐそこです」慌てた兵が上官らに割入って指を差した。

「な、なんだ、近いな」先程マクネイルやピルリムと連れ立って展望台を降りたところの手洗い場をキマールは
初めて認識した。「よい、わたくしがお世話をする。貴君は命令通りにすること。よろしいか」

 キマールは艦長に敬礼をさせた。「りょ、了解」そして自身は手兵を数名集めて手洗い場に近づく。


(情けないものだな。シャーズをたばかったくらいでまだ若いなどと安心した)

 まるで全身が腫れているかのように熱を持った。(そんなに長い間体を動かさなくなっていたか)

 しかしピルリムはよくやっている、とマクネイルは思う。(命を張っておれば周りは釣り込まれてしまう)

 梯子を登り続けるのは厳しい。

「うおっ」遥か下から吹き上げるものがあって、マクネイルは隠れる場所もなく身をこごめる。

(シャーズの開発している新しい武器……ではないな)矢でもなく、号砲がマクネイルをかすめて打ち上げら
れていた。

(撤退命令だな)手洗い場を素早く登り展望台に隠れたマクネイルには船と海の様子がよくわかる。今の信
号弾で帆柱の上に兵がいないのも判明した。

 花火の信号は上がってから色を変えていく。

 それが空中の貴族の心に忍び入ってくる。

(赤い)マクネイルは一瞬だが梯子を進むのを止めた。しかしもう足元に寄る辺はない。

 老大公にとって花火は血煙そのものだった。