「ほおう、絶景だな」梯子の途中でなければあごひげをゆっくり撫ぜたかった。 (これが今の猫どもの力か)水柱はマクネイルの予想より巨大で、甲板の向こうにはシャーズたちの作り上げ た奇怪な風景があった。 マクネイル大公はついと視線をはずし、梯子に力を込めて自らを押し上げる事業へ再び取り組んでいった。 「ううっ!」轟音が起きればピルリムは目を見張り再び飛び起きるしかなかった。 彼の視線をひたすらに塞いでいるのは巨大な水柱らしく、信じがたいが起こるべくして起こったことの実感と 理解が少しずつ彼の心に作られていった。 「あ、あれを」「全員お怪我ありませんか!」ヒューマンの従者とシャーズの水兵の声が混ざった。 ピルリムが同胞の指差すほうを見やるとまたしても現実離れした状況が彼を襲った。悪しき人魚たちがシャ ーズの船の大いなる攻撃に敗北させられたことがはっきりとわかった。 その魚尾を非常にくねらせたまま天高く吹き上げられた姿。(六体もいた)シャーズたちの代わりにピルリム は数えていた。猫人間の尾の代わりに全身の体毛が逆立つ感覚まで味わった。 後ろで従者のえずく声がした。(もしあれらに追いつかれていたら)と思うものの、魔の女たちの結末を考えず にいられなかった。 「やりました! 我らの勝利です!」「セテト様に栄光を!」水兵らが快哉を叫んだのでピルリムは目を背けて 振り返った。 塩辛いどしゃ降りが頭に落ちてくる。水柱がようやく崩れたのだ。貴族は水兵たちの笑いを呼んだ。 「さあ帰艦しましょう!」彼らもずぶ濡れになっていて、一人が自分の制帽を直してみせた。 ピルリムは慌てながらなるべく静かに頭を探った。丸帽子はからくも無事に主人の髪にへばりついていた。 冷たい風に煽られるが貴族はくしゃみをこらえた。 「どうぞ! 大使様のお大事な身、早急にお引き揚げください!」「いや、しかし」 ピルリムの心は故国の史蹟を想起している。(ゾール神殿に匹敵する高さではないか……?) 「この舟に乗ったまま全員を引き揚げてもらうのが最も簡単に思うが」 「母艦が傾斜すればかえって危険です。風も吹いておりますから」「敵の援兵がないとは限りません。どうかお 急ぎを」 (まずわたくしを実験台にしているみたいなのだが)従者たちを見やればすがるような顔つきをしてくる。 「ええい」と先程から垂れ下がって待ち受けていた太い鎖にピルリムはしがみついた。遥か天上にあるらしい巻 き上げ器の音とそれを動かす甲板員の声が、ヒューマンの丸い耳に小さく届きはじめた。 ――目の前の鎖が切れてはずれ落ちる――。そんな想像を生み続ける自分の心と、釣り上げられるピルリ ムは戦うはめになった。鎖がその太さにそぐわぬほど盛大に揺れ動いた。 「はーっ……」ピルリムはようやくしっかりとした地面――甲板に帰ってくることができた。冷や汗をぬぐおうとして 頬に塩水をたっぷり含んだ丸帽子を当てた。 甲板に音が響いたので、ヒューマンの貴族は次なる帰還者を目に迎え入れることにした。 (叔父貴の者か)自分の従者とどのような取り引きや駆け引きをしたのかと考えていると、マクネイルの従者が 落下した。 「!!」思わず船の縁に向かって駆け出す。まだしがみついていた片手をしっかり掴むと自分でも驚くような力 が出てすんなり助けることができた。 「ああ、ありがとうございますありがとうございます!! ピルリム様を巻き込んでいたら大公に死んでお詫びつ かまつるところでした!」 「そ、それは元よりそうなっていただろうよ」シャーズたちの拍手喝采に囲まれて、ピルリムの心はだいぶ晴れ た。(クエストは大失敗だったが叔父貴へ取りなしてもらえるな) しかし大公その人はやってこない。(キルギル・ゾラリアの体面を保つ絶好の機会であるのに? まずこんな 時に中座するだろうか) |
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