「ええい、寒いにゃあこんちくしょう。もう泳いでいこうかなぁ。海の中のほうがあったかいよな、絶対」吹き抜け る風の中ノーラが訊いてくる。シャットは慌てる。「も、もう!? 泳いで!?」 「そーだよ」雨を防ぐ覆いの下、少女は自分の髪を搾りながら言う。「拾い上げてもらうんだよ。救難者はヒュ ーマンやオークだって助けるよ。それが我が海軍の、いや海に生きる者なら当然の心構えさ」 「な、なるほどな。ずるいなぁ、姉ちゃん」シャットは額をぬぐった。蓄えられていた雨水が、とめどない汗をかい ているかのように感ぜられる。 「う……。いいんだよ! 策を巡らせられる奴が味方になるんだから!」 「どこが頭が良いんだよ……」雨と海がひたすら混じり合っていく夜をシャットは眺め渡した。「船なんかまったく 見えやしねえぞ。溺れっちまうよ」と、ノーラが自分の猫の耳を指差した。 「投錨してる場所はしっかり聞いてるよ! だいじょぶさ、お前だって泳ぎで無茶やって今まで儲けてきたんだ ろ? 負けるもんかい。お前は水練の腕のおかげであたいと会えてもっともっと儲けようとしてやがるんだから。 じゃあ、行くよ」ノーラは舟の縁に座り水面に足をつけようとした。 「ほ……ほんとに行くのか!!」「たりまえだ。嵐のおかげで都合良くかっ飛んできたんだよ。頑張って泳ぎゃた どり着ける」 「い、いや、オレはどうなるんだよ! 姉ちゃんのほうは方角がわかってるみたいだが、測ってくれるって言った ろ!」 「む? そっか。ええい、早く晴れろ〜〜、晴れろ〜〜」ノーラは舟の縁に立ち上がり、飽きもせずひっきりなし に水滴を落とす天に両手を伸ばした。 「おとぎ話の魔術士かよ。海に落ちんなよ、オレが帰れなくなる」 「《雨よふれ》か? いや、逆だにゃ!」 「なあ」「ん?」天に魔法をかけることに熱中していたノーラにシャットは声をかける。 「ぶるるるるっ!」ノーラは顔にたっぷりと置かれた雨粒を振り払い舟の覆いへ入ってくる。「なんだよ」 「やっぱり、姉ちゃんが漕いでくれ」「なに言ってんだ、お前」ノーラはまたシャットの隣へ座った。 「姉ちゃんを雇ってやるから」ノーラは唸った。「どーやって……」 「お代はこの舟でどうだい」「はははははは!!」少女は雨音をかき消すような勢いで手を叩いて笑う。 「馬鹿、売り渡しが成立してないよ。こいつがものになるのはお前がブルガンディに着いたらだって言ったろう。そ れに、あたいの戦いはお前のためにもなるんだ」 「いいよ、やめとけよ。オレはヒューマンやオークに襲われたりしないさ。ゴブリンだって好きになってやるよ」 「はははは……。ちょっと違うな、今度はエルフの出てくる話だ」 「?」「あたいらの大事な種、エリアルの実な、これはエサランバルの森発祥だよ。エルフたちが栽培してごくた まに輸出するそうだ」 「もしかして」 「そうだよ、エルフを助けて育て方を教わるんだ!」 「恩を売って種をいただくよりましだけど……。やっぱり無茶だよ、よそうぜ。たどり着けるわけがねえよ」 「無茶だから誰もやらない、てことは大儲けできるってこった! 森ん中のエルフと話ができる機会は千載一遇 だよ! やってみようとしなけりゃ天命だって動いてくんないよ!」 「……」思わずシャットは天を仰いだ。「あ。雨がやんでる」 「おや! おてんと様のほうから動いてくれたね」ノーラは喜んで六分儀を使った。かくてノーラとシャットは再び 別れることが決まった。 |
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