「祈りを捧げるご用意かと思いまして。平に、ご容赦を」 「これはこれは、こちらこそ。ご不審に思われましたか」(やはりわずかの間でも沈黙は良くない)マクネイルは逸 る心を省みた。 「貴方がたの聖地といえば、ベング王国の方角になりますか。しかし大公はわずかに右を向かれた」 「さすが、シャーズ殿のまなこは誤魔化せませんな」 「職業柄ですよ。首を動かさずにつとめてものを探そうとすれば身体が硬くなるものです」盗賊ギルドの長キマ ールは先程呼びつけた調理人に酒を注がせた。「さあ酌み交わして身体を暖かく柔らかくしていただけません か。老公がお風邪など召されてはわたくしは誰に首を打たれるかわかりません」 「自分たちの国を聖地としたい欲はわからぬものではないです」 「ふむ、なるほど。神聖皇帝すなわち光の子のご発祥は諸説ありますからな。大公はご寛容でおいでだ」キマ ールは杯に先に口をつけた。「ですがお気をつけられたほうがよろしいでしょう。ベングは未だ外様ですからな」 「しかし東とは当面共和ですよ。……あいや、ガイデンハイムはそう決定するでしょう」 「なるほど……モルダット王子のご意思ですか?」「そうなります」 「そして、東の反対側は北ということでよろしいでしょうか」「すでに使者としてお伝え申し上げました」 マクネイルは片腕を伸ばして海の向こうを差した。船の右舷から手を伸ばす形。「そういうわけで私が見たが っているのはケフル城なのです」 「近代のヒューマンはお眼がよろしくなられたのですか?」 「見たいというだけです」 「はははは、冗談です。シャーズだって見えやしません。エルフたちなら見えると良いのですが」おい、とキマール は傍らの兵を呼ぶ。 「城は後方だそうですよ。我が艦隊は快速で通りすぎたというわけです。廊下で出会った時からご心労であら れたとお見受けいたしましたが、矢も砲も古の魔術士だって飛んできやしませんよ」 「なるほど」マクネイルは言われた方角を北北西、と推量して振り返り眺め渡した。城塞どころかこの海とつな がっているはずのケフルの山脈にさえ彼の眼は行きつくことができなかった。シャーズも同様らしい。 「この大海しか目に入らない場所を進む貴公らシャーズの航海術は素晴らしいものですな」 「光栄の至りです。兵たちを褒めてやってください。わたくしは雇われでお飾りのお偉いさんに過ぎませんから。 饗応は精一杯やらせていただきますがね。わたくしはヒューマンの、いえ、キルギル・ゾラリアの志を何より讃え るものであります! 痛ましい南西のいくさに利と義を持つのはどの国なのか、それを連合と貴方、マクネイル 大公は存じておられた。同胞よりも異種の船にお乗りになることを選んだのだ。貴方こそ王孫にしてまことの光 の勇者!」キマールは杯をうやうやしく天に捧げた。 「内輪の恥を濯ぐのは身を切って膿を出すようなものですが、それを美徳であるかのようにおっしゃって我がこと のように痛感してくださるのは望外の喜び。共にケフルとオークの侵攻を防ぎエサランバルのエルード女王を守 りたてまつりましょう」マクネイルは杯を受けて礼をした。 |
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