(そうか提督め、差し向けてきたな) キマールは歯噛みをした。自分の髭が口に突き刺さる。 ゴブリン討伐の任を成したシャルンホルスト提督はブルガンディへ凱旋するとシャーズ評議会へ献金を行っ た。 (自分の征伐した地の利権を得たいのだな)とキマールは感慨なく思った。「ノルド河流域ノ修復ニ充テラレタ シ」と書状にはあった。(ノルディーンにすぐ飛び帰るつもりだろう) 常日頃から親ゴブリン派として知られていたシャルンホルストである。「薙ぎ倒してきた敵と土地を思いやる、 これぞ英雄」と評議会は謳い、喜んで多額のアシャディを受け取った。彼の人柄をよく知るキマールも、(私 心を義侠心で覆い隠したか、あるいはその逆であろう)と考えて評議会の諮問に答申した。 ところがシャーズの英雄はパレードにも出席せず退役を申し出た。猫たちの戦勝気分に大いに水を差され た形であったが、シャルンホルストは退役手当さえ受け取らなかったので、評議会は彼に二心なしということに してもう取り引きのない相手を手放したのである。 (代わりに娘を潜り込ませてくるとは!)シャーズの諜報官は一杯食わせてきた知己を疑い続けてきたが、い まや真相が向こうから泳いできている。 「うちの親父にやる気がないからさ、あたいが味方したげるよ!」引っ張り上げられた見習い水兵は屈託もな く言ってのけると周囲を湧かせる――。いくさへ向かう船の中で英雄の威光が欲しい者は当然多い。 (などと、偽ってくるに違いない)キマールは思い浮かべたくもない幻影を振り払う。 「短艇を取り下げろ」「は!?」艦長が要らぬ大声を出し、キマールは背後に立つヒューマンを意識する。 「兵らを鎮めろ! これはあり得べからざる状況で、あきらかに謀略だ!」 「いや、しかし」艦長は自分の指揮官と異国の使者を見比べる。 「ヒューマンとオークが結ぶ未曾有の世だ、魔術でもなんでも使うやもしれん」 「救助を取りやめるのですか?」キマールの背後から老いた声がする。「船乗りたちは敵のものにも浮き輪を 投げてやると聞き及んだことがあります。しょせん陸のものが生きてはゆけぬ世界だからと。しかし、別のお覚 悟をなさる時もあるのですな」 (この老人、わざとかき回して試しているな)キマールは再び歯噛みする。 「そ、そうです! 長官の仰せの通り、あらゆる状況を想定すべきです! 事態は急を要しますが、なにとぞ ご再考願います!」 「いや、ご老公に心配をおかけしてまったく申し訳ない! しかし我々シャーズの取り込みでありますから船室 にお戻りいただけますでしょうか。御身の安全のためです。ほら、ほら、お前たち」とキマールは手兵を使おうと した。 「おや、シャーズだけのお話と仰せですか。いまヒューマンとオークを持ち出したではありませんか?」 (老人め、食い下がる)「大公がシャーズの船に踏み入れなさったのは同胞にも毅然と対すべき時があるとお 考えなさったからではありませんか? これ以上は込み入った話があるのだな、とご厚情垂れますよう……」 「ふむ……。では部屋に戻るとします。しかし一人で充分。大変な時に人手を持ち帰るわけにはいきません からな。老人を見くびらずとも結構」マクネイルは踵を返すそぶりをする。 「ああ、大公こそ見くびりなさいますな。こんなに大勢の乗組員がいて、護衛もできぬとあれば国の恥になって しまいますから」キマールは手兵でもってヒューマンの要人を囲もうとする。 そこへ、三つの影が加わる。「待て、待て、狼藉者!!」手に手に《ロングソード》を煌めかせて。 |
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