「転舵減速、帆を畳め」艦長の命で船の速力は見る間に落ちていく。 船体が大きな音を立てる。「わわっ」ヒューマンのピルリムは足元の動きに置いてきぼりにされるようにつんの めった。素早く彼の両腕を支えるものがいて、ヒューマンの騎士は甲板に力を込めて立たされた。 「どうもお船に慣れていないご様子、やはりここは我々だけにお任せください」目の前でピルリムを支えているの はキマールだった。心なしか自分の腕を掴む力が強いとピルリムは思った。「ええっと……」 ピルリムがあまり馴染のない異国の種族に戸惑っていると、背後から身に沁みるくらい刻み込まれた声がす る。 「友好国に性懲りもなく世話を焼いてもらうのか、ピルリム!! 貴様がぐずぐずしているうちに命が死んでい くのだ!!」 「は、はいっ!! はいっ」ピルリムは準備の終わった艦後部の短艇に従者たちと転がり込んだ。強大な叔父 から逃れるように。 (命に代えられないことだが、どうあがいても償わされてしまいそうだ……)ピルリムは自分の胸の鼓動を聞き たくなくて叔父マクネイルの人となりを一考した。 親族への憤りや海難への正義感で状況をこうも性急に進めたがるヒューマンの大公とは思えなかったのだ。 「……を停止させました。短艇を投下してよろしいですか?」思考を振り払うとシャーズの艦長がそばに来て いる。 「あ、ああ、頼む」小舟の後方にシャーズの水兵がふたり、先に着座していたのもいま気づいた。前方には大 きな武器がしつらえてあった。 「朝方よりも風が強くなってきています、くれぐれもお気をつけください。救命具も十分ございます。それではセ テトのご加護を。投下!!」 鎖の音が次々と激しく鳴り響いてピルリムは床が消える錯覚に襲われた。 水に叩きつけられた大きな音。従者ふたりの悲鳴も耳に入った。 「急ぎノーラ様のもとへ向かいます。よろしいですか」「良いようにやってくれ……」水兵たちに漕ぎ手を任せ、 ピルリムは脱帽して額をぬぐい振り向いた。 (どうやってあれに帰るのだ)シャーズの軍船の見上げるばかりの偉容に若きヒューマンはおののく。意外に濡 れなかったのはあまりに高い落下が海水をすべて弾き飛ばしたのだろう。ピルリムは代わりに自分の冷や汗に 触れた。 「ピルリム様! 目標はお見えですか!」「ああ! しかし降りてみると波が高いのがわかるな! すぐ見失っ てしまうぞ!」ふたりのシャーズにヒューマンは答えた。 「さ、さすがお目がよろしいです……」「わたくしどもにはさっぱり……」自分の従者たちが褒めそやしてくる。 (でまかせだよ! 猫どもに舐められてたまるか) 「ところで大きな《クロスボウ》だな!」「はい、銛を撃ちます」「二名以上で操作します」 「なるほど重いな」ピルリムは舟の前部に備えつけられた武装に触れて確かめる。「よし、お前たちが撃て。わ たくしは見張りをやってやる。遠眼鏡は?」ヒューマンの騎士は従者らに命じシャーズの水兵に訊く。 「いい、漕いでいてくれ」シャーズたちの指示で道具を探した。 「で、出てくるでしょうか、モンスター」「うむ。早い昼餉にさせてはならんぞ」 「本日は晴れですから、波間に隠れて現れるのが常套です」「鋭い目の哨戒をお願いします」 「う、うむ」艦長の言っていた救命具は浮き輪型だった。 (ノーラ姫、どんなシャーズ美人だろう?)ピルリム卿は迫っているかもしれない自分の命の危機を考えまいと した。 |
|